『大日本史料』 3編 2 寛治5年1月~寛治7年9月 p.601

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つらる、又左大辨匡房卿に仰て、御願書をかゝせらる、大部大乘經をくして、, りけれは、をの〳〵恐をなして、御前をたちさりにけり、さて御氣色さめさ, けれとも、ことさら御祈願のむねありて、すなはち春日社へ神馬をたてま, はせたまはぬと仰られて、大納言師忠、中宮大夫雅實なと候はれけるを御, 覽しまはして、あはれゆゝしくさかへ給へる源氏たちかなと、おほせ事あ, せ給て、この事ふかく耻思食けれは、路より還御あるへきかなとさたあり, 白河院寛治六年七月御參詣、十二日著御山上御宿坊, 當社へ御幸あるへきよし也、其後御心神本にふくせさせ給て、此たひの御, 臨幸まてこそなからめ、御路のたよりに、なとか幽閑のすみかをもとふら, 一代々帝王御歸依事, 願はたしとけられにけり、, 同院、寶塔院寛治六年七月十二日御參詣之時、被置阿闍梨三口, 〔僧綱補任〕〓興福寺本法橋經昭院金峯山御幸賞〓技懷眞讓、, 〔金峯神社文書〕, 一諸社諸堂勤事, 〓仙創草記一諸社諸堂勤事, 金峯山創草記, 金峯山, ○大和, (寝〓), 御願文ヲ, ロヲ置ク, 阿闍梨三, 書セシメ, ヲシテ春, 日御幸ノ, 勸賞, 上皇匡房, 給フ, 春日社ニ, 御馬ヲ奉, ル, 寛治六年七月二日, 六〇一

割注

  • 金峯山創草記
  • 金峯山
  • ○大和
  • (寝〓)

頭注

  • 御願文ヲ
  • ロヲ置ク
  • 阿闍梨三
  • 書セシメ
  • ヲシテ春
  • 日御幸ノ
  • 勸賞
  • 上皇匡房
  • 給フ
  • 春日社ニ
  • 御馬ヲ奉

  • 寛治六年七月二日

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  • 六〇一

注記 (34)

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