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どもは、一とせ故ありて夢のたゞちといふ書を著し、, ものと思はる、そのよしは、建長造内裏の時、御障子に畫きし前加賀權守, るも、畫能ある人をば、しひて其一族とし、親子或は兄弟などに連ねたる, 清隆の男とし、或は巨勢弘高の男とす、これみな甚しき僻説なり、この外, 人々の時代、いたくたがへるも多し、猶おもふに、彼系圖は、またく他流な, こんじて、基光の男を河内守隆能として、それより末々を次第したれば, えたるがごとし、その世繼は、魚名公、鷲取、藤嗣朝臣、高房朝臣、智泉、佐高、經, さて上にいへる土佐系圖ともは、いづれも魚名公、良門公の兩流をうち, にも、かず〳〵誤れり、なほ河内守隆能の條にいへるをも合せ見るべし、, 按に、世に土佐系圖といへるもの數本あれど、いづれなるも、みな後人の, 基光は鎌足公の四世なる魚名公より十一代の孫なり、其父は分脈に見, さかしら見えて、誠の古系圖はつたはらぬなりけり、其故は、この基光を, 臣、元命、頼方、頼成、基光と次第せり、さて基光を寛治頃の人と決めしよし, にいはんも、ことなかくしてうるさければ、今は其大旨をのみしるしつ, ○それに委曲にかうかへおきぬ、されは又さらにこゝ, 康和二年三月十七日, たたせる書なり、, こは今世に流布す, 誤れるをち〳〵を, る土佐系圖ともの, 土佐系圖, ノ諸説, ノ誤, 基光世系, 康和二年三月十七日, 六五一
割注
- たたせる書なり、
- こは今世に流布す
- 誤れるをち〳〵を
- る土佐系圖ともの
頭注
- 土佐系圖
- ノ諸説
- ノ誤
- 基光世系
柱
- 康和二年三月十七日
ノンブル
- 六五一
注記 (26)
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