『大日本史料』 3編 10 天仁元年1月~天永元年7月 p.209

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しとかそへくらされて待參らすれは、今はさはみ參らするか心うきと、た, らひつれはこそ、月なとに參らせ給ひしを、日たちては、とく其日になれか, 立て出ぬ、□□の出雲といふ女房の讀て、北面のつほに薄にむすひつく、, あつかはせ給へるか、今はまかてなんする哀にかなしき事、かやうにさふ, しりあふ、その日に成ぬれは、こその御法事おなしこと百僧なり、ありさま, 既尊、便是三十三天之長子也、朝政無闕、豈非二十二年之賢君哉、論功徳於往, れも〳〵いひあひて、泣ことかきりなし、なきあふことはてぬれは、三位殿, 樂變化、偏期兜率之内院、過十萬億刹、隨順於蓮眼菓層之後、依戒定惠力、親近, おなしことなれはとゝめつ、こそより後、女房六人をとゝめつ、宮の御方に, 從、命衰也唯須訴佛、乃至一切衆生平等利盆、敬白、, 於梅咀梨耶之前、重華聖主之倩琴、春風南息、玄宗皇帝之玉棺、秋月西藏、宿因, 時、應圓佛界溢法界、憶出離之於長夜、定轉等覺入妙覺、嗟呼文王既歿、吾何適, 四州、奈何離苦輪、不願勝蓮華、不願淨瑠璃、唯願安養之上生、不期色究竟、不期, 七月にもなりぬ、御はてとてのゝ, 嘉承三年七月十八日別當, 〔讚岐典侍日記〕下, 嘉承三年七月十八日, ○上略、嘉承二年六, 月是月ノ條ニ收ノ, 堀河殿奉, 仕ノ女房, 等退出ス, 天仁元年七月十九日, 二〇九

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  • ○上略、嘉承二年六
  • 月是月ノ條ニ收ノ

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  • 堀河殿奉
  • 仕ノ女房
  • 等退出ス

  • 天仁元年七月十九日

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  • 二〇九

注記 (24)

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