『大日本史料』 3編 18 永久4年12月~永久5年12月 p.110

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をきかさるによりてもて不堪のものといふ、しかるに太政入道殿そのかみ孝博に比巴, もてつかいとして奏云、御比巴さたあるよしこれをうけ給はる、たれの人御師たるへ, おしへむとて、おほくきよくをおしへらる、しかるに定不及竭口傳か、件信綱又みゝ, これなり、予この人につきて曲をならひ、ふをつたへ了、其譜は經信の御自筆にて、, をつたへならはしめ給し日、孝博かなかれにつたへさる所のきよくとうをてんしゆせ, しめんかために、かの少輔を師とす、入道殿きはめたる上手にて、この道の宗匠にお, を外祖父爲猶子て、曲調竭員をしへさつけられ了、おほはらの尾張殿といふはすなはち, られすといへとも、老てのちおほはらにゐられて後、思返してしかしなからつたへ給, 香調曲ならひに三曲ノ手少々なり、かのをはり殿おほくのとしのあいたひしてつたへ, はしますの故に、桂少輔はひかりをはなつ也、尾張守爲遠は基綱かむこなり、其女子, 所也、この道のみやうかなに事かこれにしかん、專足甚祕云々、予問云、かの尾張殿, 諸の樂をかきて基綱につたへ給譜、又基綱の尾張殿につたへ給へし返風香調・渡物風, そのゆへあり、故二條院御宇しきりに御比巴のさたあり、時に九條の大相國宗通卿を, のなかれ、當世たれの人そや、答云、一切無之、予かの人にもろ〳〵のことをならふ、, きそや、まさしき説をたつねられは、大原尾張もはらたとまるへし、それかしまさし, 永久四年十二月三十日, 一一〇

  • 永久四年十二月三十日

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  • 一一〇

注記 (17)

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