『大日本史料』 4編 1 文治元年11月~3年8月 p.289

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

さ努給ひけると参, 又本書ニ、頼朝ノ女、靜ノ舞ヲ觀ル事アリ、便宜ニ依リテ、左ニ附收ス、, つかといひける、この藝をつたり、是白拍子の根源なり、佛神の本縁をうた, ふ、そのゝち源光行、多のことを作れり、後鳥羽院乃御作も有、龜菊にをしへ, きをさゝせ、烏帽子を引入たりけれは、男舞とそいひたる、禪師かむすめし, 十三日, 〓北條時政、鎌倉ニ還リテ、京畿庶政ノ状ヲ頼朝ニ具申ス、, 給、自今日可爲, 舞の手の中に、興有事とん, 寺、明日滿二七日、依可退出給、及此儀云云, 廿七日甲辰、入夜靜女依大姫君仰、參南御堂、施藝給禄、是日來有御參籠干當, を擇ひて、いその禪師といひける女に教てまはをたり、白き水干に、さうま, 二七箇日云云、是常有御邪氣、爲御對治也、, ニ棄テシメ、靜ヲ放還スルコト、七月二十九日ノ條ニ見ユ、參看スベシ、, 〔吾妻鏡〕六五月十七日甲午、大姫君令參籠南御堂, 〔吾妻鏡〕六四月一日戊申、北條四郎主出京之後、今日著尾張國萱津宿、, 〔參考〕, 〔徒然草〕下, 多久助か申けるは、通憲入道, ○勝長, 壽院, ○信, 西、, 、吏, 多久助か申けるは、通憲入道, 〇, 申, 二百十四, 下, 男舞, 根源, 頼朝ノ女, 靜ノ舞ヲ, 白拍子ノ, 觀ル, 文治二年四月十三日, 二八九

割注

  • ○勝長
  • 壽院
  • ○信
  • 西、
  • 、吏
  • 多久助か申けるは、通憲入道
  • 二百十四

頭注

  • 男舞
  • 根源
  • 頼朝ノ女
  • 靜ノ舞ヲ
  • 白拍子ノ
  • 觀ル

  • 文治二年四月十三日

ノンブル

  • 二八九

注記 (37)

  • 522,744,48,515さ努給ひけると参
  • 1702,874,54,1853又本書ニ、頼朝ノ女、靜ノ舞ヲ觀ル事アリ、便宜ニ依リテ、左ニ附收ス、
  • 735,747,54,2025つかといひける、この藝をつたり、是白拍子の根源なり、佛神の本縁をうた
  • 628,744,53,2012ふ、そのゝち源光行、多のことを作れり、後鳥羽院乃御作も有、龜菊にをしへ
  • 841,743,55,2031きをさゝせ、烏帽子を引入たりけれは、男舞とそいひたる、禪師かむすめし
  • 409,659,62,203十三日
  • 403,889,73,1668〓北條時政、鎌倉ニ還リテ、京畿庶政ノ状ヲ頼朝ニ具申ス、
  • 1595,2401,50,382給、自今日可爲
  • 1060,2064,50,708舞の手の中に、興有事とん
  • 1274,738,53,1117寺、明日滿二七日、依可退出給、及此儀云云
  • 1379,735,55,2046廿七日甲辰、入夜靜女依大姫君仰、參南御堂、施藝給禄、是日來有御參籠干當
  • 950,741,53,2037を擇ひて、いその禪師といひける女に教てまはをたり、白き水干に、さうま
  • 1489,743,53,1118二七箇日云云、是常有御邪氣、爲御對治也、
  • 1809,889,54,1906ニ棄テシメ、靜ヲ放還スルコト、七月二十九日ノ條ニ見ユ、參看スベシ、
  • 1575,690,94,1500〔吾妻鏡〕六五月十七日甲午、大姫君令參籠南御堂
  • 281,683,97,2042〔吾妻鏡〕六四月一日戊申、北條四郎主出京之後、今日著尾張國萱津宿、
  • 1158,975,67,192〔參考〕
  • 1035,701,97,332〔徒然草〕下
  • 1059,1132,49,784多久助か申けるは、通憲入道
  • 1618,2210,40,169○勝長
  • 1579,2207,38,108壽院
  • 1084,1945,39,97○信
  • 1047,1940,36,47西、
  • 444,867,33,49、吏
  • 1059,1132,48,785多久助か申けるは、通憲入道
  • 332,2730,39,36
  • 402,876,36,46
  • 1110,1108,40,146二百十四
  • 1082,1005,44,42
  • 848,401,34,80男舞
  • 610,404,41,78根源
  • 1634,402,36,158頼朝ノ女
  • 1591,400,39,155靜ノ舞ヲ
  • 653,401,38,151白拍子ノ
  • 1553,401,35,70觀ル
  • 207,803,41,354文治二年四月十三日
  • 213,2397,40,111二八九

類似アイテム