『大日本史料』 4編 2 文治3年9月~建久元年1月 p.703

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尾藤太知平金子小太郎高範, 宮六〓仗國平河勾三郎政戌, 一品房昌寛常陸房昌明, 鹽屋太郎家光阿保次郎實光, 同七郎政頼中四郎是重, こと打はらひてけり, 皮田七郎助綱高鼻和太郎, 秀衡かあと康衡と云者打とらんと、頼朝の將軍思ひけり、尤いはれたり、か, 角をとりて手りにもとりけり、, れは、いつでろ我者にせさらん、ゆ〻しく出立て、攻入て、同九月三日、やす〻, れハ誰にもしたかはぬやうにて、みちの國ほとの國を、ひとへに領してあ, ならすをちあひけり、手のき〻さま、狩なとしけるは、大鹿にはせならひて、, 時もとり弓せさせす弓を身にはなつ事なかりけれは、郎從ともゝ、なのめ, 頼朝は、鎌倉を打出けるより、片, 小代八郎行平勅使河原三郎有直, 〔愚管抄〕五文治五年七月十九日に、鎌倉を出て、奧入とて、終に陸奧國の, ○中略、八月十日、九月, 二十日ノ條二分收ス, 文治五年七月十七日, 七〇三

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  • ○中略、八月十日、九月
  • 二十日ノ條二分收ス

  • 文治五年七月十七日

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  • 七〇三

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