『大日本史料』 4編 3 建久元年1月~3年2月 p.839

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ム、, 申状可奏聞之由仰之、, ○コノ後、造營ノ事、詳カナラズ、, 是月、越前國氣比宮燒ク、, り邊れば、腰居、悦びて、かしらにうちか〓ぎていざり出たるをこて、實犯な, めぐらして、此腰居申所不便也、たヾ此釜を腰居にとらすべしと仰下した, 十二月十二日、丙戌、入夜宗頼朝臣, 可且任先例、且依前右大將家下知状、兩方共停止新儀、行方郡〓當社神領, なはれけり、ゆゝしかり〓るはかりど也、, 記申状仰彼近邊國造營云々、然而是内々尋也、早下宣下可問之、且以官外記, 兼實、鹿島社領常陸國行方郡地頭行方景幹ノ、恣ニ神用ヲ割取スルヲ停, りけり、かたわの身なれども、かくしてぬすみて〓るとさとりて、科にをこ, 失云々、奏聞之處、可計沙汰之由有仰云々、余云、先可問例、宗頼申云、内々官外, 申云、越前國氣比宮燒, 〔玉葉〕, 〔鹿島社文書〕〓楓軒文書纂三十二所收, 攝政前太政大臣家政所下鹿島社司并常陸國在廳官人〓、, 建久二年十二月是月, (等カ), ○中, 六十, 略、, 三, 建久二年十二月是月, 八三九

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  • ○中
  • 六十
  • 略、

  • 建久二年十二月是月

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  • 八三九

注記 (25)

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