『大日本史料』 4編 5 建久6年9月~9年12月 p.243

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例の生上手なれは皆落にけり、, りて箭種盡けれは、人手にかゝらしとて自害しそたり、討て出る者もなか, が頭み知たる者共在けり、其外の頭きしらさりけり、伊賀大夫知忠の頭〓, 太郎兵衞次郎兄弟、太刀を差違て、二人う〓臥にふしたり、所々に火をかけ, たりけるに、ツかゝしたりにんもえもつかす、爲範か舍人男一人そ腰骨を, 射させく、いきつき居たりける、其外のもの一人も見えす、人き籠りたるか, る、入道殿、子息左衞門督高能同車しく、一條を南へ遣出て實檢さらる、爲範, こほちのけて、左右より攻入、禦戰事時をうつす程也、猛く思へとも、力よは, 頭共捧て、一條殿へ參れり、二位入道、一條におはしけれは、一條殿とそ申た, 自害したるを膝の上に引懸て、爲範も腹かい切くぬしたり、爲範か子兵衞, りたれは、軍兵心のまゝに亂入てみれは、紀伊次郎兵衞爲範き、伊賀大夫乃, と思つるに、洩にけるやらんと彼舍人男に問けれは、人は廿餘人おはしつ, るか、後らり皆落給ぬとそ申ける、越中次郎兵衞盛次、上總惡七兵衞景清も、, 共射殺されて、堀をそ埋たりける、軍兵はしつき〳〵に馳集る、南北の家を, 後藤左衞門基清、自害乃, 福寺ノ土工ヲ視ル條、及ビ去年四月一日ノ條參看, 忠光ハ既ニ誅ニ伏セリ、三年正月二十一日、頼朝、永, ○參考源平盛衰記所收東寺本南都本如白, 本八坂本平家物語ニ、忠光ヲ載セタレドモ、, 等自殺ス, 首實檢, 知忠爲範, 生上手, 建久七年六月二十五日, 二四三

割注

  • 福寺ノ土工ヲ視ル條、及ビ去年四月一日ノ條參看
  • 忠光ハ既ニ誅ニ伏セリ、三年正月二十一日、頼朝、永
  • ○參考源平盛衰記所收東寺本南都本如白
  • 本八坂本平家物語ニ、忠光ヲ載セタレドモ、

頭注

  • 等自殺ス
  • 首實檢
  • 知忠爲範
  • 生上手

  • 建久七年六月二十五日

ノンブル

  • 二四三

注記 (25)

  • 734,661,55,932例の生上手なれは皆落にけり、
  • 1660,661,61,2199りて箭種盡けれは、人手にかゝらしとて自害しそたり、討て出る者もなか
  • 262,672,61,2196が頭み知たる者共在けり、其外の頭きしらさりけり、伊賀大夫知忠の頭〓
  • 1311,657,62,2210太郎兵衞次郎兄弟、太刀を差違て、二人う〓臥にふしたり、所々に火をかけ
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