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れけるをり、老はてゝ云々のうたをよみて、其後いくほどもなく身まかり, かられて後や、うまれたりけむ、されば興範朝臣にあひて、右のうたよめり, とするは、いたくたがへること也、こは井澤氏の説のごとく、後人のしか書, みぬる集にて, にのせらるべきよしなし、かれおもふに、後撰集は、天暦五年に詔ありて、え, 五人のうちにて、後撰集をえらばれけるは、天暦五年十月にて、かの永祚の, ぬるにやあらん、すべて右のおもふきどもは、此集の詞につきて考たるな, 卒年より四十年前にて、四十三の時也、しかるを、七十九の時、肥後守にてあ, へりし檜垣女が、それよりも後なる、老はてたる時の歌を、天暦五年の撰集, ありて、同十七年十月十一日卒とあり、此卒年よりかぞへても、ひがき女の, なせるものとさだむべけれど、さてもなほいと心得がたきは、元輔梨子壺, らばしめたまひしかど、あらためて奏覽をもへずして、草案のまゝにてや, 老にきはまりけん世までは、七十年にあまれり、檜垣女は興範朝臣の身ま, り、さていと心得がたきことは、後撰集に入たる歌也、そは雜三に, とあり、興範朝臣は、公卿補任によるに、延喜十二年太宰大貳と, 後世につたは, ふれはノ, 歌ニ同ジキ, ヲ以テ略ス, ○上ノ年, 袋草紙に、未定ニテ止之、仍無四度解とあり、い, つ奉りしともなくてやみぬる集なるべし、, 詞書ハ疑, 檜垣ハ興, 範ノ歿後, ノ説, フベシト, 後撰集ノ, ニ生ルト, ノ説, 天慶四年五月二十日, 八九〇
割注
- ふれはノ
- 歌ニ同ジキ
- ヲ以テ略ス
- ○上ノ年
- 袋草紙に、未定ニテ止之、仍無四度解とあり、い
- つ奉りしともなくてやみぬる集なるべし、
頭注
- 詞書ハ疑
- 檜垣ハ興
- 範ノ歿後
- ノ説
- フベシト
- 後撰集ノ
- ニ生ルト
柱
- 天慶四年五月二十日
ノンブル
- 八九〇
注記 (32)
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