『大日本史料』 6編 4 建武4年正月~暦応元年閏7月 p.672

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一騎、桃井より先に、赤坂口あめ牛山と云處に馳上老るを、御方は敵の馳上, るに、桃井宇津宮勢等うち負しかは、赤坂宿の南をくか瀬河に退けり、故入, 道殿入替られて、敵山内と云けるもの以下打とり給ひて西のなはて口に, 仰しは、桃井は強からん敵には、幾度も負軍せむする人なり、人の天命は左, かゝらぬ時、黒血の味方に加り給へしと、人々申けるを、只是にて明日御方, るかと見けるに、一番に上たる蘆毛なる馬に乘たる武者切落され、次〳〵, の上に、非人の家ありけるに、おり并給ひたり、夜に入て雨降しかは、敵重て, の武者皆切落されて、麗にころひたる時、味方とみ〓れは、一番勢合戰始〓, する事なし、先する敵には、水はなにすこし退て、亦味方たて直してかゝる, を可待と被仰たれは、米倉八郎左衞門手負なから有たるか云く、如此のお, には、敵も退也、物あひにより勝利するを高名と云ける、此事を後に故殿被, こかましき大將をは、燒ころすにしかしとて、火を付けれは、力なく此あか, りにて黒血に被加けり、桃井申けるは、戰の習互にしりそかされは、身を全, 樣に故實によりて遁るゝ事不可有、先たゝかひて力なく、自力盡時退は習, て、ほろかけ武者二騎を、故殿射落し給ひし也、猶敵支ける間、くゐ瀬川の堤, 合ス, 川ノ軍二, 範國黒血, 直常ト範, 範國手ツ, 國トノ戰, ヲ斬ル, カラ敵兵, 略, 南朝延元三年北朝暦應元年正月二日, 六七二

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  • 合ス
  • 川ノ軍二
  • 範國黒血
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  • 範國手ツ
  • 國トノ戰
  • ヲ斬ル
  • カラ敵兵

  • 南朝延元三年北朝暦應元年正月二日

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  • 六七二

注記 (26)

  • 1827,642,59,2201一騎、桃井より先に、赤坂口あめ牛山と云處に馳上老るを、御方は敵の馳上
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  • 1012,641,59,2206かゝらぬ時、黒血の味方に加り給へしと、人々申けるを、只是にて明日御方
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