『大日本史料』 6編 3 延元元年正月~建武3年12月 p.143

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ける、關東より供奉の輩、皆歩行なりしかとも、我をとらしと進ける中にも、, か下御所に進たるを給りけり、時に取て面目とそ覺えし、栗毛なる馬に乘, て、大手に向ひ進所に、敵、少貳か勢のむかひたる東の手さきより、先二三萬, 負ひ、冑の緒をしめて、御馬の先に立たりし事の體、人には替りてみえし、御, に入たりけれは、御感不斜、師資よき馬得たり、千騎萬騎にもむかふへしと, 旗の下には仁木右馬介義長、黄威の鎧をそ著たりける、是は宗像の大宮司, すして、先歩行立なる武者とも、矢を射ける所に、敵しはしこらへし所へ、す, て、大手の御勢も同く揉合て、爰を限りと戰ひける、かゝる所に曾我上野介, きもあらせす懸入、折節北風塵砂を吹上しかは、敵迷惑して漂ひけるを見, 曾我上野介師資、練貫の小袖の上に、赤糸鎧の菱の縫目より切捨たるに、四, 尺餘なる太刀二振帶て、白木の弓の大きなるに、拾矢二三十取さしたるを, 騎もあるらむと見えて、拔つれて時をつくり、くつし懸てかけゝる勢、いか, なる鬼神もたまるへしとは見えさりける、しかれとも御方少しもさはか, 敵を討頸をとり、頓て月毛なる大馬に乘て、頭の殿の御前に參て、分取見參, 帶せらる、御馬は栗毛、是も昨日宗像の大宮司か進上申たりしにぞ召され, ノ武裝, ノ武裝, 仁木義長, 曾我師資, 多々良濱, ノ戰, 延元元年三月二日, 一四三

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  • ノ武裝
  • 仁木義長
  • 曾我師資
  • 多々良濱
  • ノ戰

  • 延元元年三月二日

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  • 一四三

注記 (23)

  • 1768,636,62,2227ける、關東より供奉の輩、皆歩行なりしかとも、我をとらしと進ける中にも、
  • 1182,642,62,2212か下御所に進たるを給りけり、時に取て面目とそ覺えし、栗毛なる馬に乘
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