『大日本史料』 4編 7 建仁元年4月~3年12月 p.60

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

ひとへに後の世のいとなみして、こゝかしこの庵に住なれて、歌の事もす, 此ころ世に女の歌よみ少しなと、常にな, みせはやな君を待よの野への露に枯まくおしくちるこ萩の〓、, 申へき也、, かいひ出しそめたりき、女房はひたすらにつゝましき事にしていひ出さ, たれはてた〓は、とき〳〵歌めされなとするも、念佛のさまたけなりとそ, のむたにおもひ捨ぬ道なれは、さる人も侍らん、しかれとも、何のついてに, ○後鳥羽院御集、明題部類抄等、竝ニ異事ナキヲ以テ略ス、又作者宮内, 卿以下ノ女房ニ關スル紀事家長日記ニ見エ、是月、上皇、内外宮御百首, うせにき、又さぬき、三河の内侍、丹後少將なと申人も、今は皆よはひたたく、, うち〳〵なけきあへるときゝ侍、この人々の外は又さらに聞えす、心有人, ノ事、後鳥羽院御集ニ見エタリ、今便宜ニ依リテ左ニ合敍ス、, 詞の所に、かた乃樣に卅一字をつらねて、其句の上〓に、勝負乃字計を定, 〓かせぬふ、昔より歌よみときこゆる女房少々侍、殷富門院大輔も一とせ, す、又身にはちてつゝと人もおほかれは、何のたよりにかきこゆへき、され, 〔源家長日記〕, ○上略、八月十五, 日ノ條ニ收ム, ○, ヲ歎キ給, 歌人少キ, 大輔死ス, 讚岐三河, 内侍丹後, 少將等出, 上皇女流, 殷富門院, 家ス, 建仁元年六月是月, 六〇

割注

  • ○上略、八月十五
  • 日ノ條ニ收ム

頭注

  • ヲ歎キ給
  • 歌人少キ
  • 大輔死ス
  • 讚岐三河
  • 内侍丹後
  • 少將等出
  • 上皇女流
  • 殷富門院
  • 家ス

  • 建仁元年六月是月

ノンブル

  • 六〇

注記 (30)

  • 710,623,69,2211ひとへに後の世のいとなみして、こゝかしこの庵に住なれて、歌の事もす
  • 1068,1625,60,1201此ころ世に女の歌よみ少しなと、常にな
  • 1530,688,68,1939みせはやな君を待よの野への露に枯まくおしくちるこ萩の〓、
  • 1648,683,53,280申へき也、
  • 247,631,64,2201かいひ出しそめたりき、女房はひたすらにつゝましき事にしていひ出さ
  • 596,621,64,2209たれはてた〓は、とき〳〵歌めされなとするも、念佛のさまたけなりとそ
  • 362,629,64,2204のむたにおもひ捨ぬ道なれは、さる人も侍らん、しかれとも、何のついてに
  • 1411,753,70,2075○後鳥羽院御集、明題部類抄等、竝ニ異事ナキヲ以テ略ス、又作者宮内
  • 1294,755,70,2075卿以下ノ女房ニ關スル紀事家長日記ニ見エ、是月、上皇、内外宮御百首
  • 829,618,67,2227うせにき、又さぬき、三河の内侍、丹後少將なと申人も、今は皆よはひたたく、
  • 480,616,67,2216うち〳〵なけきあへるときゝ侍、この人々の外は又さらに聞えす、心有人
  • 1178,769,67,1790ノ事、後鳥羽院御集ニ見エタリ、今便宜ニ依リテ左ニ合敍ス、
  • 1765,684,71,2140詞の所に、かた乃樣に卅一字をつらねて、其句の上〓に、勝負乃字計を定
  • 946,627,66,2199〓かせぬふ、昔より歌よみときこゆる女房少々侍、殷富門院大輔も一とせ
  • 127,631,71,2197す、又身にはちてつゝと人もおほかれは、何のたよりにかきこゆへき、され
  • 1035,577,107,418〔源家長日記〕
  • 1091,1056,45,465○上略、八月十五
  • 1048,1060,39,388日ノ條ニ收ム
  • 1088,1054,42,36
  • 1014,257,41,166ヲ歎キ給
  • 1058,249,42,172歌人少キ
  • 881,253,42,162大輔死ス
  • 822,250,45,174讚岐三河
  • 779,254,41,171内侍丹後
  • 735,254,43,170少將等出
  • 1103,254,43,169上皇女流
  • 926,250,44,173殷富門院
  • 692,253,41,78家ス
  • 1877,678,48,348建仁元年六月是月
  • 1891,2413,44,77六〇

類似アイテム