『大日本史料』 4編 9 建永元年5月~承元2年2月 p.528

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

は、月輪の禪定殿下の御沙汰として、法性寺の小御堂にわたしたてまつり、, と六十餘人御輿にしたかひたすけたてまつる、ずてに進發のとき、信空上, 人ひそかに申ていはく、衰邁の身をもて遠境の旅に出たまふ事、たちまち, あり、山海をへたてゝまたなかし、音容ともにいまをかきれり、再會いつく, 聖人ののたまはく、齡すてに八旬にせまれり、おなし帝畿にありとも、なか, 謫所はまた權化の住砌なり、震旦には白樂天、吾朝には菅丞相、上古の英聖, に師といきなからわかれなんとす、あひさること幾そや、各々天の一涯に, くいきて誰かみん、たゝし因縁つきすは、なんそまた今生の再會なからん, おりの成阿、沙彌隨蓮等、力用器量なりけれは、力者の棟梁として、我も〳く, んそあひたのまん、恨は師所犯なしといへとも、流刑の宣をかうふれり、跡, 承元々年三月上旬の比、聖人すてに配所に趣きましますへきになりけれ, や、驛路はこれ聖者のゆく處なり、唐家には一行阿闇梨、和國には役優婆塞、, 逗留をなしたてまつりき、三月十六日みやこを出たまふ、信濃國住人つの, 猶然なり、況や末世の愚憲をや、先蹤みゝにあり、耻とするにたらす、愁とす, にとゝまる身のため、孤なにの思出かあらんと云て、むねをうちて歎息す、, 源空出發, 承元元年二月十八日, 五二八

頭注

  • 源空出發

  • 承元元年二月十八日

ノンブル

  • 五二八

注記 (18)

  • 1711,654,78,2218は、月輪の禪定殿下の御沙汰として、法性寺の小御堂にわたしたてまつり、
  • 1358,647,78,2208と六十餘人御輿にしたかひたすけたてまつる、ずてに進發のとき、信空上
  • 1244,640,74,2211人ひそかに申ていはく、衰邁の身をもて遠境の旅に出たまふ事、たちまち
  • 1007,640,78,2213あり、山海をへたてゝまたなかし、音容ともにいまをかきれり、再會いつく
  • 657,632,75,2212聖人ののたまはく、齡すてに八旬にせまれり、おなし帝畿にありとも、なか
  • 304,628,77,2219謫所はまた權化の住砌なり、震旦には白樂天、吾朝には菅丞相、上古の英聖
  • 1123,644,79,2207に師といきなからわかれなんとす、あひさること幾そや、各々天の一涯に
  • 536,634,74,2211くいきて誰かみん、たゝし因縁つきすは、なんそまた今生の再會なからん
  • 1477,648,75,2194おりの成阿、沙彌隨蓮等、力用器量なりけれは、力者の棟梁として、我も〳く
  • 888,640,75,2215んそあひたのまん、恨は師所犯なしといへとも、流刑の宣をかうふれり、跡
  • 1826,644,78,2213承元々年三月上旬の比、聖人すてに配所に趣きましますへきになりけれ
  • 419,638,81,2219や、驛路はこれ聖者のゆく處なり、唐家には一行阿闇梨、和國には役優婆塞、
  • 1593,640,79,2212逗留をなしたてまつりき、三月十六日みやこを出たまふ、信濃國住人つの
  • 188,626,81,2212猶然なり、況や末世の愚憲をや、先蹤みゝにあり、耻とするにたらす、愁とす
  • 769,640,76,2223にとゝまる身のため、孤なにの思出かあらんと云て、むねをうちて歎息す、
  • 1626,283,42,169源空出發
  • 1961,713,47,384承元元年二月十八日
  • 1942,2448,45,123五二八

類似アイテム