『大日本史料』 4編 10 承元2年3月~4年12月 p.746

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程のものなりけり, しき也けるに、小折紙に大外記なかはらの師方と書れたりと見て覺にけ, へさりけれは、ちきに拜任いかゝとさた有けり、重代けいこのもの也けれ, り、いそき此由もろかたにつげたりけれは、多年つかうまつりたるしるし, と覺て忝たのもし之覺えけるに、やかてその夜大外記に成にけり、さきに, 助教、仲隆、師高、師季なと競望しけるうへ、師方は大監物にていまた儒官を, 大外記清原良業卒ス、, 共、引たつる人もなかりけるに、忝神恩を蒙りて、先途を達してける、目出度, 忠任縫殿允、同九年正月卅日兼伊勢權守、正治三年八月十九日兼博士、信弘, 備中權介、同七年正月廿九日任越後介、同八年十二月十五日止兼國、以男親, 頼業男、建久四年正月廿八日任、主水正助教、今日轉任、同五年正月卅日兼, 十五日, 死闕、建仁二年正月廿一日安藝權守、七月廿三日兼主税頭、賀茂在忠卒替、十, ○皇帝紀抄、歴代編年集成、一代要記、相顯抄等、竝ニ異事ナキヲ以テ略, ス、, 〔外記補任〕大外記正五位上清原良業博士、正月十五日卒去了、故大外記, 辰, 甲, 官歴, 承元四年正月十五日, 七四六

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  • 官歴

  • 承元四年正月十五日

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  • 七四六

注記 (21)

  • 1188,658,53,567程のものなりけり
  • 1891,655,56,2218しき也けるに、小折紙に大外記なかはらの師方と書れたりと見て覺にけ
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