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せむとし、後に改悔て稱揚歸降せし事元亨釋書に記せり、此時の事成へし、, 師妙徳寺に在し時、宋より來りし從者の居たりし所と云、其後榮西聖福寺, に移り、從者も今の聖福寺の寺中に移りし成へし、榮西歸朝の後、箱崎に良, 於香椎神宮側、構建久報恩寺とあり、則此寺の事也、六年に聖福寺を創立す, にあり、千光國師榮西宋より歸り、始て住せし所と云傳へたり、聖福寺營作, 此寺の創立は聖福寺より四年前なれば、日本にて、禪寺の初は此寺也、今古, き位牌など少し殘りて、民家に有、又建久元年、榮西宋に在し時、商の船に菩, 弁と云者あり、榮西の禪行をそねみて、叡山の講徒を誘ひ朝廷に訴て竄逐, の間、爰に住せしにや、馬出村の南に寺中町と云傳へたる横路有、是千光國, 瑠璃歌舞伎となれるものなり、左すれば申樂と歌舞伎狂言の兩祖も、この, 提樹をことつてゝ日本に渡し、香椎の神祠に移し植へし事も、元亨釋書榮, の北の側に、其址殘れり、, 今は寺院なく佛堂なし、唯其名のみ殘れり、元亨釋書榮西か傳に、建久三年, 千光禪師とや云べき、, 〔筑前國續風土記, 報恩寺神廟, 〔筑前國續風土記〕, 妙徳寺、曹洞宗、今山と號す、禪寺也、馬出村, 〔筑前國續風土記〕卿珂郡上妙徳寺、曹洞宗、今山と號す、禪寺也、馬出村, ○香, 十七, 椎宮, 粕屋郡裏, 那珂郡上, 禪宗最初, 言ノ祖ハ, 妙徳〓, ノ寺, 榮西トノ, 歌舞伎狂, 報恩〓, 説, 建保三年七月五日, 七五二
割注
- ○香
- 十七
- 椎宮
- 粕屋郡裏
- 那珂郡上
頭注
- 禪宗最初
- 言ノ祖ハ
- 妙徳〓
- ノ寺
- 榮西トノ
- 歌舞伎狂
- 報恩〓
- 説
柱
- 建保三年七月五日
ノンブル
- 七五二
注記 (34)
- 906,646,60,2224せむとし、後に改悔て稱揚歸降せし事元亨釋書に記せり、此時の事成へし、
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