『大日本史料』 4編 16 承久3年5月~7月 p.413

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あはれにこそは覺ゆれ、, かたふかさるに、壽堂の扉なかくとちて、北郎の地にうつむことを、花の床, 同八十二十五復任、父、正治元三廿三遠江介、元久二四廿左少, すことを、平章事の遠山にほろひしおもひやりき身のかなしみをふくみ, なんことを、彼東平王の舊里をおもふ、墳上の風雨になひく、誠にさこそと, 十四從四上, 建暦元正十八美乃介、同日左中將、閏正廿八中宮權亮、, に出てひとり心さしぬ、楊國忠か他界にうつりし、しらす人のうらみをな, おもひきや都を夜半にわかれ路の遠山野へに露きえんとは, 將、同十二月六日正五下、建永元正十三備後權介、同二正五從四下、承元四正, をなにかさりけん、跡にとまりて主なし、親族はかなしめともよしなく、旅, 同八月廿五日解官、同十二月還任、建保元十二十四播磨守、同二正五正四下、, 五上, しる、累葉の花寶枝の風に綻ひき、傷哉平日のかけ盛にして、未西天の雲に, あそひしは、八座のむしろ家門のちりをうちはらひ、虎責を兼て仙洞にわ, 同六二三侍從、同七正六從, 江口遊女、慈氏、建久四正廿六敍爵、, 〔公卿補任〕十六參議正四位下藤信能故入道前中綱言能保卿二男、母, 文治二御給, 太皇太后宮, 當年御給, 殷富門院, 七條院當, 下略、, 年御給, ○上, 十六, 官歴, 解官, 承久三年七月五日, 四一三

割注

  • 文治二御給
  • 太皇太后宮
  • 當年御給
  • 殷富門院
  • 七條院當
  • 下略、
  • 年御給
  • ○上
  • 十六

頭注

  • 官歴
  • 解官

  • 承久三年七月五日

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  • 四一三

注記 (31)

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