『大日本史料』 5編 2 貞応2年6月~嘉禄元年12月 p.430

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それ申あけ候と申せと候、あなかしこ〳〵、, てたき〓にて候へき、のやうの〓、こさかしきやうにも候へとも、をそれを, か乃山てらのらうせきとうのさたをい壹すへからさるむねけちせられ, まかせて、山てらのさたにて候へし、やかて御くたしふ見二通候、さして申, は、京に候はしにも、まいらまほしきやうにはおほへ候はしかとも、さして, 候、〓ゝか乃山てらのさたにて、なに〓もおんせんくわんふせんのむねに, ヽみうちに候はしかは、うとからすみやつかへもし候へきすへにて候へ, せと候〓は、こそいちとは申候はしやうにおほへ候、はわにて候はしもの, 右當寺文書、本願上人深有所存之旨、被納置御影堂云々、而覺阿房偸取出閼, 御ようにかなふへき〓にても候はねは、まいらてこそ候ぬしか、さては御, つくらせおはしまさんの見そ、とはのゐんの御むめも、御所の御童めも、め, くとくかまへてよくつくらせおはしますへく候、なに〓よりも御くとく, 外、被成我物思之間、寺家〓籠之刻、殊經御沙汰、且被觸申大秦殿、去承久二年, 六月廿六日, 元仁元年十月是月, 元仁元年十月是月, 四三〇

  • 元仁元年十月是月

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  • 四三〇

注記 (17)

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