『大日本史料』 5編 3 嘉禄元年是歳~安貞元年6月 p.883

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その夜、法蓮房、覺阿彌陀佛等、妙香院の僧正, の兵衞入道西佛等、出家の身なりといへとも、法衣のうへに兵杖を帶して、, もて往生の門出とし、惡徒をもて逆縁の知識とすへしとは、善惡不二のこ, らなり、をの〳〵隨喜の〓をぞながしける、, 蓮生、鹽屋の入道信生、千葉の六郎大夫入道法阿、澁谷の七郎入道道遍、頓宮, じ、はやく改葬すべきよしを申入るゝに、この義もともよろしかるへしと, 御ともに參じけれは、家子郎等などあひしたがひける程に、軍兵濟々とし, もろともに、九品蓮臺の同行となり、怨親おなしく七重樹下の新〓たらん, とはり、邪正一如のをきては、山門の使ならば、さだめてきゝしるらん、自他, ことしばらくしつまれりといふとも、山門のいきとほりなをむなしから, 仰られけれは、やがてこょひ人しづまりてのち、ひそかに御棺の石の櫃の, の禪室に參して、この, といひて、武威をふるまひけれは、使者退散して、その日はくれにけり、, 蓋をひくに、面像いけるがごとくして、異香芬馥せり、貴しなともいへはさ, かみきりにき、命は師範のために、たゝいま捨へし、あにはかりきや、戰場を, 西郊にわたしたてまつるに、路次の障難をゝそれて、宇津宮の彌三郎入道, 殿御息、, 良快、月輪, 政葬ノコ, 遺骸ヲ西, 郊ニ渡ス, トヲ良快, 山徒退散, 武士路次, ヲ警護ス, ニ圖ル, ス, 安貞元年六月二十二日, 八八三, 安貞元年六月二十二日

割注

  • 殿御息、
  • 良快、月輪

頭注

  • 政葬ノコ
  • 遺骸ヲ西
  • 郊ニ渡ス
  • トヲ良快
  • 山徒退散
  • 武士路次
  • ヲ警護ス
  • ニ圖ル

  • 安貞元年六月二十二日

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  • 八八三
  • 安貞元年六月二十二日

注記 (30)

  • 1308,634,69,1277その夜、法蓮房、覺阿彌陀佛等、妙香院の僧正
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