『大日本史料』 5編 8 貞永元年7月~天福元年5月 p.698

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るへし、智定房此嶋へりたり、天乙女と契りをなし、それより男もあまたに, ち定はうか乘舟は、ふなやかたをこしらへ、其中へ入の後、外より釘をもて, と云は、南方海乃はてに、とのしむ世界有とろや、あたかも是八丈島の事な, より、補陀樂山に渡る時に、一封の状を認め、智定房同朋に託して、北條武藏, 元年五月廿七日に、鎌倉へ到來す、武州御所へ此状を持參し、御前にをいて、, すはうの前司ちかさね披見す、去三月七日、智定房くま野なちの浦より、ふ, たらくせんに渡る、在俗の時より、出家とんせい以後の事をしるす、將軍家, 守殿へをくり進へき乃旨申置により、紀州糸我の庄より是を持參す、天福, もふひんにおすしめし、武州、いにしへ弓馬の友とるよし、あはれみ給ふ、御, 所に候する人々、感〓をくたすと云々、弓矢取身は安からすていまは、かの, 皆打付、一ツの扉もなくして、日月の光を見る事あたはす、をゝ灯によるへ, し、卅ケ日程の食物ならひに油等、りつろに用意すと云々、此ふたらくせん, なり、日本の風俗をまなひぬるろ、是ははや三百八十餘年以前の事也、おす, すろなし, 〓長講堂御八講、, 九日, 下略, ○上, 癸, 丑, ○, ハ八丈島, 補陀洛山, ナラン, 天福元年三月九日, 六九八

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  • 下略
  • ○上

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  • ハ八丈島
  • 補陀洛山
  • ナラン

  • 天福元年三月九日

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  • 六九八

注記 (26)

  • 553,603,72,2189るへし、智定房此嶋へりたり、天乙女と契りをなし、それより男もあまたに
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