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ひしと也、記録体の文也といへども、おのづらら主客本末の格ありて、趣意, の文をよく按するに、, 其筆を染て送給ひし所は、卿の常に御心にあかずおぼさるゝ歌のかぎり、, 頼綱が、入道して蓮生とはいひたるなれば、もしくは後に、中院地を卿に讓, じ嵯峨の地なれば、まがひたるろ、又は中院入道は、卿の縁者宇都宮彌三郎, の懇望によりて、その障子の色紙書て送給ひし也、古來歌各一首云々とは、, 天智天皇より始め奉り、家隆、雅經卿に至るまで、各一首づゝを書て送り給, りづゐらせたるにより、卿こゝを山莊として住給ひ、小倉黄門と聞え給ひ, 道所撰也、予可書由懇切、かくざまにこそしるし給ふべられ、さもなきは、か, つるによりて、中院の色紙とはいはで、小倉山莊の色紙とはいひ傳へたる, の色紙といふだ文を、小倉山莊の色紙といふ事いろゞ也、小倉も、中院も、同, のまがふ事はなきもの也、もし中院の入道の撰びし所ならんには、ととへ, ば嵯峨中院障子色紙形、古來歌各一首、自天智天皇以來、及家隆、雅經卿、彼入, の入道の撰にあらざる事明ろ也、但明月記によれば、此百首をは、嵯峨中院, 此百首の歌は、姑く蓮生法師の撰と定め侍りとあり、今立かへりて、明月記, とあり、此文に據れば、定家卿嵯峨中院入道, ○明月記, ノ文略ス, 稱, 色紙ノ名, 撰者, 嘉禎元年五月一日, 四三
割注
- ○明月記
- ノ文略ス
頭注
- 稱
- 色紙ノ名
- 撰者
柱
- 嘉禎元年五月一日
ノンブル
- 四三
注記 (23)
- 1297,584,64,2184ひしと也、記録体の文也といへども、おのづらら主客本末の格ありて、趣意
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