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百首すくりて、色紙形にみつから書て、ひそかに小倉山莊乃障子に、押れた, るを、定家卿かくれ給ひ後、爲家卿とりあつめて、作者の名をしるし給ひ, 今の世の百人一首は、後鳥羽、順徳を卷尾に載をたるき、誰にても、後に次, しより、二條家の骨髓となれりといへり、しかるに明月記, て、定家卿、京にて筆を染たまふなり、, 綱か女なり、頼綱入道して蓮生といへり、此入道乃事歟、爲家卿を中院大, 納言と申〓しも、頼綱か婿なれは、後に中院の地を讓りまいらをなとし, うは、たゝ染筆のみにて、定家卿の撰ともみえのる歟、蓮生法師も、歌よみ, 歌を撰ひ, て集にも入たる人なれは、是はポりの物撰はむ〓かたかるまし、さて又, さも〳〵中院入道は、誰といふ〓をしらす、爲氏の母き、宇都宮彌三郎頼, 第をあらためられたるにや、但し當時の臣下なる故に、及家隆、雅經卿と, たるも彼入道にや、雖極見苦事、燃染筆送之、古來人歌各一首とある書や, て、爲家の居たまひし故にや、さてもこ乃色紙形は、彼入道の懇望により, いけゝか不審おこれり、先記を拔書して、今按をしなし申〓し、, をよみて、, 定家卿, ミつから小倉山莊にて書, たまふよしにいふは如何, 禎元年四月, 十二日、同十三日同十九日及ビ同年五, 月一日、同五日、同二十七日ノ文等略ス, ○明月記嘉, 日記, 撰者ニ對, スル疑, スル疑, 囑者ニ對, 撰集ノ依, 嘉禎元年五月一日, 二二
割注
- 定家卿
- ミつから小倉山莊にて書
- たまふよしにいふは如何
- 禎元年四月
- 十二日、同十三日同十九日及ビ同年五
- 月一日、同五日、同二十七日ノ文等略ス
- ○明月記嘉
- 日記
頭注
- 撰者ニ對
- スル疑
- 囑者ニ對
- 撰集ノ依
柱
- 嘉禎元年五月一日
ノンブル
- 二二
注記 (31)
- 1813,586,73,2185百首すくりて、色紙形にみつから書て、ひそかに小倉山莊乃障子に、押れた
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