『大日本史料』 5編 20 寛元4年3月~同年10月 p.365

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〳〵身をもちて身をたつるなり、父の眼前に、三人相續して前途をとくるハ、今の例はし, の此家をすて給ふか、愚慮いまた是非をわきまへす、祖父禪閤の徳行を思へる、朝にあり, 承久のはしめにあやしミなけきしをもふきあいかなへり、天の我をすてたまふる、祖神, 興福寺の回祿にあへりしかの造營をはけみて、四賢の草創するところ一身すてに檀那た, るハ、九條右丞相の息一條攝政、堀河關白、法興院入道、又その息中關白、粟田關白、法成, たちまちにしほみ、四條院十年の聖運、春のはしめに晏霞したまひし、夢のなかの夢なり、, さし、先賢にもこへたり、これ忠直にあらすや、家にをきてハいにしへにも跡ハあれとも、, てハ君をして堯舜にひとしからんことをこひねかひ、絶たるをつき廢たるをおこす心, これすなはち身のうれへ悲なり、憂喜門をならふといふ、誠哉、此言、今の關東の騷亂ハ、, めたり、是さためて祖神の御はからひなるらめとも、過分のせめすてに身にあまる、これ, 寺入道、又法性寺入道の息六條攝政、菩提院入道、九條禪閤是也、これみな父の沒後をの, りき、そのうち南圓堂ハ、藤氏繋昌の濫觴なり、土を衣の袖にいれて壇をつき、經卷願書, らハ身の榮幸なり、次に藻壁門院の、秋の夜のわかれをつけし、洞院の攝政の春の朝榮花, して上皇の朝恩によりて、この職にをる、つら〳〵先規を思に、兄弟三人攝政關白をへた, 仁治三年正月五日崩、十二、〔〓, 建久五年閏八月廿五日, 道家ノ三子, 攝政關白ト, ナル, 寛元四年七月十六日, 三六五

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  • 建久五年閏八月廿五日

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  • 道家ノ三子
  • 攝政關白ト
  • ナル

  • 寛元四年七月十六日

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  • 三六五

注記 (21)

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