『大日本史料』 5編 20 寛元4年3月~同年10月 p.372

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き眞心をえつれハ、くすりの驗によらされとも、則見性成佛する儀なり、釋尊降誕のはし, くもりあらし、〓夫今更なんそ思慮をくハへん、教門ハやまひに應して藥をさつくる儀, 震旦にとりてハ、達磨尊者西來して、六祖相傳の後教といひ、禪といひ、世にひろむるこ, ハ二十二祖ともいひ、或二十八祖ともいふ、血脈たかふことなし、そのうち龍樹菩薩ハ、數, め、七歩して天上天下唯我獨(尊とのたまひ、〓槃の夕にハ、迦葉尊者に對して花をさゝけ, 也、そのくすり萬差也、その教無量なり、大小權實の教、顯密の宗是也、教外といふハ病な, とさかんなり、我朝にとりてハ、傳教大師歸朝の後、五宗の血脈をもちて、嵯峨の天皇に, 又世のいふところ、一代教主釋迦如來の垂迹なり、教内教外宗通説通のむねあきらかに, 奏したまひしに、〓初につらぬるところ禪宗の血脈なり、智證大師教相同善にハ、眞言禪, 部の論師なれは、教門の祖師也、南天の鐵塔をひらきて、兩部の大法をつたえ給へる密教, て破顏微咲せしこれなり、教外といひ教内といひ、迦葉阿難につたえ、次第相承して、或, 學一をもすつへからさることのいひ也、諸宗の中に相傳絶さるハ、密教宗門法相是なり、, 門天台をもちて禪師として、山上代々の祖師相傳し給へりとかゝれたり、安然和尚の教, の祖師なり、相承の僧伽梨をつたえて、心をもて心を授れハ、宗門の祖師也、戒定惠の三, 寛元四年七月十六日, 三七二

  • 寛元四年七月十六日

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  • 三七二

注記 (16)

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