『大日本史料』 5編 23 宝治元年10月~同年12月 p.252

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號す、同六年, 今朝は心地をもとりなをしたるなり、冷然なりつるに、うれしく來り訪はれたり、故, のために、實信房は在京の程なりけるに、今月十二日に西山より僧出京して、八條の, の自在なりしありさま、たくひすくなき事なるへし、すなはち遺言にまかせて、上人, つから感も動きけるにや、よに面白けにて膝拍子をうちてそ宣説せられける、さる程, の墳塔にならへて墓所をそ點しける、大かたこの實信房は晩出家の身なりといへとも、, 念佛して禪定に入かことくして終をとられけり、あへなしともいふはかりなし、終焉, 上人最後に仰られし法門申さむ、聞給へとて、くはしく談話ありけり、心もすみ、身, に、こはいかにすてに臨終の時いたりけりとて、南にむかひけるか、西に居なをりて、, は、あまさへ一堂建立の企にをよひけり、土木の功も成しけれは、正元々年, 月の忌辰にあたりて、供養をとくへきあらましにてそありける、そのころはこの經營, 宿所にいたりけり、禪門云、この二三日風氣の事ありて、よにわつらはしく覺つるに、, 處にして不斷念佛を始行す、日月馳るかことくして、十三廻の忌陰も漸ちかつきけれ, 十二月三日、供養の道儀を調けり、正嘉元季, 十一, 法然上人の附屬を蒙て、多年隨逐したてまつり、ひさしく甘露の法雨に沐して、深く, 十一月廿六日、此, 寅, 未, 巳、, 己, 甲, 丁, 蓮生ノ最後, 十三回忌, 寶治元年十一月二十六日, 二五二

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  • 巳、

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  • 蓮生ノ最後
  • 十三回忌

  • 寶治元年十一月二十六日

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  • 二五二

注記 (27)

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