『大日本史料』 5編 28 宝治2年雑載~宝治年中雑載 p.358

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嘉元三年九日廿六日, 去渡、, 〔大徳寺文書〕, 云難澁、依無所遁、於彼村々田畠屋敷者、任寶治・文永・弘安讓状等、氏女可令領知也、, 者、依仰下知如件、, 事、ゆめ〳〵候へからす、セむしとの公惟に心さし候つる所にて候を、かやうにさたし, 女之状者、久富名内一町五段, によりて、セに百貫を給候あひた、文書ともをあひくして、この所をなかくまいらせ候, またかやうに申さため候なんのちハ、田畠以下いさゝかもとかくはからひ、しとけなき, まいらせ候ぬれは、その御かたの御一期のゝちハ、かならす御ゆつり候へし、たゝしさ, わかさの國名田下庄のうち須惠野村は、さうてんの私領にて候を、さしたる事候て申候, ぬ、たゝしあま一期のあひたハ、いてき候物を、もとのまゝにてさうゐなくしり候へし、, 又於和幾乃大午田與梨内乃田地畠地於讓留云云、取要, 同裏書云、又上阿彌陀佛乃本薗崎山仁妙阿彌陀佛乃作三段渡須云云、〓, 上總介平朝臣(花押影), 然者、云儀理、, ○中, ○大徳寺所藏, 坪々載, 甲箱, 略, 之, ○中, 略, 深ニ讓ル, 惠野村ヲ實, 生佛若狹名, 代價錢百貫, 田下莊内須, 後ハ公惟ニ, 實深一期ノ, 讓ルベシ, 寶治二年雜載去渡, 三五八

割注

  • ○中
  • ○大徳寺所藏
  • 坪々載
  • 甲箱

頭注

  • 深ニ讓ル
  • 惠野村ヲ實
  • 生佛若狹名
  • 代價錢百貫
  • 田下莊内須
  • 後ハ公惟ニ
  • 實深一期ノ
  • 讓ルベシ

  • 寶治二年雜載去渡

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  • 三五八

注記 (34)

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