『大日本史料』 11編 19 天正13年閏8月 p.132

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をさきた, さんす、かるがゆへに七郎右衞門のぜう、人しちとしてふくちよまるをめしとりぬ、, り大夫せつふくつかまつり、ぞうひやうさい子をたすけられ候へと、てをかさねかう, るを人しちとしてさゝけける、たゝせ兩人にたいめんし、しんひやうのかくこなりと, まつる事、是ひとへにうんのきわまるところとこそ存候へ、あをきねかわくは、しゆ, はたをすゝめてちかつきける、こゝにみゝとりがぬまとて、人のかよひなき所有、大, て、人しちを取かため、それよりうへだの城之をもむきしに、右せんちんの四そない, しやうたゞせをにくりけと云めいばに打のり、かまやりをみつからひつさげ、たゝ一, きにて、よのしんでいをひらしのことくはせわたし、むかうをきつと見はたせは、あ, 右衞門たゝせほんぢんに來り、ちくかちやくし萬龜丸、みゝとりかちやう子牛ばうま, て出テいいけるは、抑こん度さなだがいさめをもつて、かく家康公こたてをつきたて, 此いふうにをどろいて、ちくひやうぶのせう、みゝとりけんもつのぜう兩人、七らう, にちかつきところに、あたちがからういたひせんのかみ、かなはすとや思ひけん、一, しやくをぬきすて、あしたがしやていふくちよまる, はかみがらうしやざは但馬守、へき五へもんのぜう、まつくらにかけいて、ゆうをい, つ、そのゝち加藤宗月齋、, 」あたうへもんの大夫やすか, ニ降ル, 蘆田氏家康, 忠世上田城, 知久美理兩, 氏降ル, ニ寄ス, 寄手敗北ス, 天正十三年閏八月二日, 一三二

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  • つ、そのゝち加藤宗月齋、
  • 」あたうへもんの大夫やすか

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  • ニ降ル
  • 蘆田氏家康
  • 忠世上田城
  • 知久美理兩
  • 氏降ル
  • ニ寄ス
  • 寄手敗北ス

  • 天正十三年閏八月二日

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  • 一三二

注記 (26)

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