『大日本史料』 6編 2 建武元年10月~延元元年正月 p.581

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守有、郡に領あり、一國の内、みな國命の下にておさめしゆへに、法にそむく, かたかりけれはにや、推古天皇の御時蘇我の大臣、わか封戸をわけて寺に, 民なし、かくて國司の行迹をかんかへて賞罰ありしかは、天下の事、掌をさ, しておこなひやすかりき、其中に諸院諸宮に御封あり、親王大臣又かくの, ことし、其外官田職田とてあるも、みな官符を給りて、其所の正税をうくる, も、〓禹と賈復とは、其えらひにあつかりて官にありき、漢朝のむかしたに、, はかりにて、國は皆國司の吏務なるへし、但大功のものそ、今の莊園なとゝ, 其數みなさたまれり、大功は世々にたへす、其下つかたは或は三世につた, は、昔は功の品にしたかひて、大上中下の四の功を立て田をあかち給ひき、, 文武の才をそなふる事、いと有かたく侍りけるにこそ、次に功田といふ事, す、朝には名士おほく用られて、曠官のそしりなかりき、彼二十八將の中に, て傳ふかことく、國々にいろはれすしてつたへける、中古となりて、莊園お, へ、孫子につたへ、身にとゝまるもあり、天下を治ると云事は、國郡を專らに, せすして、そのことゝなく、不輸の地を立らるゝ事のなかりしにこそ、國に, ほくしられ、不輸のところいてきしより亂國とはなれり、上古には此法能, 論ズ, 地方政治, ノ沿革ヲ, 建武二年八月三十日, 五八一

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  • 論ズ
  • 地方政治
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  • 建武二年八月三十日

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  • 五八一

注記 (20)

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