『大日本史料』 6編 2 建武元年10月~延元元年正月 p.777

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上島彦八郎惟頼申軍忠事, るへし、よく橋を警固仕れとて、靜に御渡り候し也、此故に御勢を待奉りて、, さぬ人そなかりける、去程に、將軍の御方には、東八箇國、并海道の輩、一人も, 今月十一日、於筥根山、攻寄垣楯之際、致合戰忠節、兩所被被疵候之條、令見知, 建武二年十二月廿七日, 殘らす、屬し奉るあいた、美濃、近江になりしかは、軍勢山野村里に充滿して、, 人馬足を立るに所なし、, はしを守り候なりと申けれは、是を聞人皆々〓をなかして、弓矢の家に生, 右今月十一日、於筥根山城、攻寄垣楯際致合戰、惟頼被疵, れは、誰もかくそ有へけれ、疑なき名將にて御座有けるとて、義貞を感し申, そはれしを、あわてふためきけるなといはれむ事、末代に至まて、口をしか, 上者、爲後規爲給御一見状、言上如件、, 如此致軍忠, 〔阿蘇文書〕〓, 承訖, 承訖〓押], ○下文明年正月, 左眉上, 二日ノ條二收ム, 腰骨, }嚢定, 花押, 筥根ニ戰, 上島惟頼, 尊氏ノ兵, 義貞ヲ激, 賞ス, フ, 建武二年十二月十一日, 七七七

割注

  • ○下文明年正月
  • 左眉上
  • 二日ノ條二收ム
  • 腰骨
  • }嚢定
  • 花押

頭注

  • 筥根ニ戰
  • 上島惟頼
  • 尊氏ノ兵
  • 義貞ヲ激
  • 賞ス

  • 建武二年十二月十一日

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  • 七七七

注記 (30)

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