『大日本史料』 6編 3 延元元年正月~建武3年12月 p.83

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ニ達ス、, らす、又やしき四しさかいは、ほんせうもんをまほりて、たのさまたけなく, てさりわたし候ところなり、しゝそん〳〵にいたるまて、いらんなすへか, たん三つへ、こはその一所の事、, へき御所存なりし程に、將軍御問答〓に有しに依て、兵庫に御歸有、同酉時, のうち、えのもとかり廿二のつほ二つへ、なかのゝはたみち二のつほ一, のゆしよあるによて、ほんてつきせうもんを〓いそゑて、やうたいをかき, ゑの九らうひやうへとの, りやうせらるへきしやうくたんの〓し、, は尚立歸て、摩耶の麓に御座有けれは、いかにも都にむかひて、命を捨, 右てんちやしきは、みつるちうたいさうてんちきやうのところに、たけす, 十二日卯刻に兵庫に入御有、雖然、下御所, 二日、〓尊氏航シテ鎭西ニ赴ク、途ニシテ院宣ヲ拜受シ、二十日、赤間關, は、みつるか一そくとして、せんねんさうてん, けんむ三年二月十日, ひせんのくに、うのゝ御くりやのしやう、いまりのうらたけすゑみやう, 〔梅松論, けんむ三年二月十日みなもとのみつる在判, 十二日、, 濱合戰ノ條ニ收メタリ, ○前文ハ、十日打出西宮, ○直, (伊萬里), 授, 義、, みなもとのみつる在判, ○, セントス, 尊氏諭止, 直義再戰, 延元元年二月十二日, 八三

割注

  • 濱合戰ノ條ニ收メタリ
  • ○前文ハ、十日打出西宮
  • ○直
  • (伊萬里)
  • 義、
  • みなもとのみつる在判

頭注

  • セントス
  • 尊氏諭止
  • 直義再戰

  • 延元元年二月十二日

ノンブル

  • 八三

注記 (32)

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