『大日本史料』 6編 4 建武4年正月~暦応元年閏7月 p.216

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下野妙顯寺天目寂ス、, 渡候へ、万事濡申て候、〓き山田入道殿, たうゑ(花押), 候、若黨共中えも、こ乃由物語有るへく候、又宗四郎かたへ、さやあ貳の刀く, 其旨を御存知あるへく候、又ひは乃事承候、召ておかせ可給候、何物にても, 三月十八日, 時、あいらをて、此脚力いく程なく候間、申入す候由、御心えに而御申入〓く, たし候、其樣を仰らるへく候、恐々謹言、, 乃受取の事給了、大方殿も御状しさツをす候、此山臥文かすをいた〓候之, 殿仰られ候はん事を、そむかれ候はん事は、あさましき事にてへと、此後き、, 乃おふん、御かき給候はんよし、うけ給にこそ、無勿體候へ、免もかくも、入道, 候へ、入候はん物は、京とへ注進迄も候まし、とておかなへく候、又馬を用途, 〓り、これに状を給て候、我申事, 山田三郎殿, 間、申入す候、こ乃よしを御申有るへく候、其上たふをのかくり貳くたりの, 野州佐野妙顯寺開山天目上人傳, 師諱天目、呼美濃阿闍梨、豆州波多郷人也、母者駿州熱原甚四郎國重之娘、甚, 〔本化別頭佛祖統紀〕, 道惠, 三月十八日たうゑ(花押), 八刹開祖列傳, 十一中老十, ○宗, 久, ○伊作, 宗久、, 山臥多ク, 信書ヲ携, フルヲ難, 南朝延元二年北朝建武四年四月二十六日, 二一六

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  • 八刹開祖列傳
  • 十一中老十
  • ○宗
  • ○伊作
  • 宗久、

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  • 山臥多ク
  • 信書ヲ携
  • フルヲ難

  • 南朝延元二年北朝建武四年四月二十六日

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  • 二一六

注記 (31)

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