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其日打立たるにはあらて、猶四五日も延, か、肥後國の宮方菊池阿蘇者共、御迎に參るへきよし、御催促は受なから、自, も、此後とても、少貳孫太郎か肥後國へ寄來りし事は見えされは、孫太郎入, は南郡、中將は北郡へと、わかれて越されしとおもふことあり、そは猶次の, 事を心もとなく思召れ之、此少將を伊豫あたりより、まつ肥後に差遣はさ, 國の合戰隙なくして、一人も御迎に參るものなかりし故、供奉人々當國の, 道か博多を打出る時、武重か方へは、孫太郎入道、惟澄方へは、水垂入道と二, れたるなるへし、此時宮中將も、此少將ともに、肥後にさしつかはされ、少將, さたかれらされとも、去年征西將軍宮の供奉し之、西國ま之下りし人なる, とも、孫太郎入道か守富庄に打入たりしことは聞えされは、三條少將の守, 富庄に發向せられしは、猶七月中の事にてありつらんともおもはるれと, あも共, 手に分之向ひしなるへし、三條少將きいかなる人にてありしにや、家系は, か肥後國へ發向をしは、七月二十四日と, 引したるへけれは、守富庄の合戰は、大かた八月乃初にてそありけん、され, 道, ヽと見えたるは、七月中の事のやうに見えたれとも、少貳孫太郎入, ○本書少輔孫太郎入道ヲ、少貳, 氏ト思ヒ誤レルガ如シ下同ジ, ○二十九日ノ條ニ收メタ, ル詫磨文書二見エタリ、, 以テ略ス, ゲタルヲ, 三條少將, ニツキテ, ノ考, トノ説, 初ナラン, 戰ハ八月, 守富庄ノ, 南朝延元二年北朝建武四年六月是月, 二六三
割注
- ○本書少輔孫太郎入道ヲ、少貳
- 氏ト思ヒ誤レルガ如シ下同ジ
- ○二十九日ノ條ニ收メタ
- ル詫磨文書二見エタリ、
- 以テ略ス
- ゲタルヲ
頭注
- 三條少將
- ニツキテ
- ノ考
- トノ説
- 初ナラン
- 戰ハ八月
- 守富庄ノ
柱
- 南朝延元二年北朝建武四年六月是月
ノンブル
- 二六三
注記 (32)
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