『大日本史料』 6編 5 暦応元年8月~暦応2年12月 p.11

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かくて爲兼卿は其家つゝかす、爲世卿は、爲藤、, 説を主張して、爲兼卿の説を防きたり、此兩卿は、かの家の系別の祖なれは、, 只我家の物となしはてたるに、同流にさる物の上手いてきて、撰集をもう, け給りし事なれは、家門の嫡庶のまきれもいてきぬへくて、周章したるも, れは、その心してみるへし、かくて御子左は、爲氏、爲世と打つゝきて、和歌は, 必據へしとおもひて也、, ひて、上二代の風に心をかけたれは、すこしく氣〓はあるに似たれと、あや, の也、群書類從にいりたる陳状をみてしるへし、さるまゝに幾千種の僞書, 爲明、爲定、爲通等の卿皆めてたき歌よみにて、つひに此風に一致したり、, あしからむ、野守鏡、井蛙眼目なとにそしられたるは、我かた引たる論説な, 雅とていみしき物にいひおもふは、御子左の遺言なれと、さのみはいかゝ, 事、しか〳〵とはこひねかはさる事といひて、定家、爲家の兩卿に託して、其, の名匠にて、いといきほひある歌よみ也、此風は、爲家卿の持法なるをきら, しきくせある風にて、御子左にまさらす、まさらねとこれも一家也、玉葉風, をつくりて、毘沙門堂にてもてあそふ言葉ともを、しか〳〵とはよまさる, 十日、, 尊氏、二階堂行朝ヲ引付頭ト爲ス、, ○中, 略、, 五, 辛, 御子左ト, トノ爭, 毘沙門堂, 南朝延元三年北朝暦應元年八月十日, 一一

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  • ○中
  • 略、

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  • 御子左ト
  • トノ爭
  • 毘沙門堂

  • 南朝延元三年北朝暦應元年八月十日

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  • 一一

注記 (26)

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