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らぬか、詫摩文書、詫摩彦四郎親基か、きやうにのほする文書の中に、大友殿, 八代をせめんとしたりしを、内河か八代より出むかへて、こゝにて合戰し, は、一色か少貳か勢、例のことく船より寄て、宇土川尻のあたりより上りて、, のあるを、子鳥明神といふよし聞たり、もししからんには、今の小島のあた, 戰差遣親類若黨之處、白石治部法橋討死畢、小鳥はいつこなりしや、いまは, さる名の地も聞へされとも、しひていはは、盆木郡豐田郷に大鳥といふ所, くひなるへくおもふなり、大鳥は今の八代街の久々の橋のかゝりたる小, 尻の者と、阿蘇の被官の南郡にある者と、合戰したるにもあらんか、さたか, 川を、大鳥川といひて、大鳥村は勾野むらの少し東にあり、しのれは此合戰, 城の淀の大掠の入江を、後には小くら堤なといふことあれは、小鳥も其た, 鳥は小島の誤ならんといひたる人のあれは、今小島の御坊山の上に、小社, あり、今は文字のまゝお〓とりといへとも、昔はをとりといひたるにはあ, りを、昔小鳥といひたるにもあるへし、そこにての合戰ならんにき、詫間川, たりしを、惟澄聞付て、親類若黨等後措に差遣たるにはあかぬにか、また小, とかくへきを、すへてかなにて、おともとのとかきたり、また地名にては、山, 南朝興國元年北朝暦應三年十二月二十日, ツキテノ, 島ノ誤ナ, ラントノ, ノ情況ニ, 小鳥ハ小, 小鳥合戰, 一説, ニツキテ, ノ考, 考, 小鳥ノ地, 南朝興國元年北朝暦應三年十二月二十日, 四三〇
頭注
- ツキテノ
- 島ノ誤ナ
- ラントノ
- ノ情況ニ
- 小鳥ハ小
- 小鳥合戰
- 一説
- ニツキテ
- ノ考
- 考
- 小鳥ノ地
柱
- 南朝興國元年北朝暦應三年十二月二十日
ノンブル
- 四三〇
注記 (29)
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