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〔附録〕, れとも、太平記には、曾てしらさる事を、いかなる無智乃愚盲のわさにやあ, 發明の人にて、法身堅固にて、正念に終給ひし事、其寺の舊記に殘れり、しか, 〔鎌倉大草紙〕, 年頃ヨリ常ニ幕府ノ政務ヲ奉行セシコト、同年以後ノ奉書ニ徴シテ, 元年十二月十九日ノ條ニ收メタル上杉古文書ニ見エタリ、又康永三, に住、大同妙詰大和尚と號す、同所の五山壽福寺心印可直和尚の師也、悟道, 此太平記と申書は、尊氏の時分, りけん、妙詰を妙吉と書、或愛宕の天狗の化したると記し置ける也と有、, 知ルベシ、マタ師直等尊氏ノ第ヲ圍ミ、重能直宗妙吉等ヲ得ンコトヲ, にて、錦小路殿の師なり、高武藏守ににくまれ、關東へ下り、鎌倉五山淨智寺, 請ヒ、尊氏、重能直宗ヲ配流ニ處センコトヲ約セシコト、本月十四日ノ, 關東奧方の合戰、一圓おちぬるよし、童ちはな河入か記したる太平記批判, 記にのせたり、同書に曰、京村雲大休寺の開基妙詰侍者は、夢想國師の法〓, より五十年以後、撰ひ集めたる記にて、もれぬる合戰も數多あり、南方の軍, 條ニ見エタリ、竝ニ參看スベシ、, 南朝正平四年北朝貞和五年八月十五日, ○上文ニ建武二年正月上杉, 憲房戰死ノ事ヲ載セタリ、, 本, ○, 妙吉ハ鎌, 倉淨智寺, ノ妙詰ナ, リトノ説, 八八四
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- ○上文ニ建武二年正月上杉
- 憲房戰死ノ事ヲ載セタリ、
- 本
- ○
頭注
- 妙吉ハ鎌
- 倉淨智寺
- ノ妙詰ナ
- リトノ説
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- 八八四
注記 (26)
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