『大日本史料』 6編 13 貞和5年11月~観応元年11月 p.394

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なかく退轉なからんことをとしかいふ, 天保癸卯三月服部義行敬誌, へ謀られし事也、有馬〓より佛供米十二箇年の間御寄附あり、その外所々, 香資も少からす、されとも雜費多し、據なく山林も賣拂ひ、其身も老ぬれは, 中その小堂にて、供養法會も修せられしよし見へたり、今はその堂もなく、, 家武家の御方、その外所々末葉、上月家、大谷氏、本郷家、船曳氏なとの舊録も, 童ゝ尊像のみ存せり、これ亦法雲寺古來什實靈佛の一ならくのみ、上來由, 緒、後代の壹め粗書つけ置侍りぬ、此度五百囘の御佛事修行により、先規公, 歸洛せられ、亦復大に廢替に及ひ畢ぬ、抑又寺中に一〓の尊像あり、阿彌陀, 家末葉の姓名、こと〳〵く此卷に記し置遐代に傳ふ、仰き願くは法雲禪寺, のその一、名徳の御作阿彌陀如來、すなはち阿彌陀堂てふ小堂あり、明和年, 方に使して縁を募り、御佛事をなん修し奉る、よつて出仕燒香し給ふ、赤松, 如來なり、さりし明和第八のとし留守職の僧祖超か筆の跡あり、古來什寶, 寫しとり、はた又服部義行、横山朝貫、横山孝行、長治、廣瀬、神吉、平田の銘々、四, 天保癸卯三月, 服部義行敬誌, 南朝正平五年北朝觀應元年正月十一日, 横山朝貫校, 南朝正平五年北朝觀應元年正月十一日, 三九四

  • 南朝正平五年北朝觀應元年正月十一日

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  • 三九四

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