『大日本史料』 6編 14 観応元年11月~観応2年4月 p.381

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金剛授寺の座主, れとも、其後家臣ふたつに別れて、家滅亡に及ひしとなり、, 一後醍醐天皇笠置落城より、囚人死罪流刑に行はれをる、爰に大納言師賢, 彌陀佛の法意を以て、神前に行ふ事、神慮に背之故にや、此人の代よわ感應, 卿は、下總國流人として貞胤へ預られける、寔此卿き博學多才にして、和, 覺源、合戰の場へも供奉し、依て座主の御幕は紺, 染に亂星を附給ふ、此時分相模入道高時無道にして、天子を掠め奉りしに, も薄く、おのつから武運おとろへ、軍事も勝利少しとなり、是則神は陽なり、, よつて、天下大に亂る、此とき貞胤所々の軍に勝利を得すといへとも、關東, 法私曰、此人新田左中將義貞に一味して在京に、此時京都亂逆合戰〓中に, て、諸寺院も燒失し、僧徒も迯散す、故引導なすへき僧もなく、折ふし一遍上, し〳〵て、守りたたふ事限なく、御一門も武運繁昌有り、然るに宗門の法阿, 佛は陰なり、貞胤佛法のみを尊敬し、神を疎略に致すゆへかと覺たり、, 隨一の名家なれは、智仁勇を兼たる家臣も數多有しによつて、其家恙なけ, として、海隣寺と號す、佐倉にこれ建たり、此人の代迄は、妙見尊樣々靈驗ま, 人迫國し來り給ふを、從臣頼奉りて引導す、よりて本國千葉の寺を時宗派, 今は妙見, 寺なり、, 派トス, 花山院師, 賢ヲ貞胤, 千葉氏ノ, 寺ヲ時宗, ニ預ケラ, 南朝正平六年北朝觀應二年正月一日, 三八一

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  • 今は妙見
  • 寺なり、

頭注

  • 派トス
  • 花山院師
  • 賢ヲ貞胤
  • 千葉氏ノ
  • 寺ヲ時宗
  • ニ預ケラ

  • 南朝正平六年北朝觀應二年正月一日

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  • 三八一

注記 (26)

  • 957,637,54,486金剛授寺の座主
  • 485,642,63,1716れとも、其後家臣ふたつに別れて、家滅亡に及ひしとなり、
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