『大日本史料』 6編 14 観応元年11月~観応2年4月 p.488

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決をえ、鸞聖人には孫弟たりなか經、御在世にあひたてまつりて、面受し申, 大徳後日に法印に語示ぎるは、かゝなことをまさしくまいりあひてみた, 耆婆大臣等乃、金輪婆羅門種姓まても、あひ猿樂をして、つ〓には佛道に引, 入をしめ、和朝には上宮皇子、守屋大連を誅伐したまひしも、佛法乃怨敵た, てまつりし、りれよりして何ともあれ、慈信御房も子細ある御事なりと云, こともあり〓り、或冬乃事なり手るに、爐邊にして對面ありて、聖人と慈信, 佛の變作なれは、巧方便をめ之らして、かへめて邪見乃群衆を化度をんと, てまつられ年るに、眞俗に〓けて門流乃義にちかひてこそ振舞はれ〓〓, 法師と御顏と顏とさしあはを、御手と手とゝり之み、御額を指合て、何事に, 々、是をおもふに、何樣にも内證外用の徳を施して融通し給ふむ〓あり容, か物を密談あり、其時しも顯智ふと參たれは、兩方へ乃きたまひ〓り、顯智, したまふ篇あれは、彼慈信房おほよには聖人乃使節として、坂東へ差向た, るにやと符合し侍り、天竺には〓婆娑羅王、韋提夫人、阿闍世太子、達多尊者, めし違逆の族を退むかために、君臣乃戰におよひしにいたるまても、みな, 南朝正平六年北朝觀應二年正月十九日, 四八八

  • 南朝正平六年北朝觀應二年正月十九日

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  • 四八八

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  • 1828,665,64,2212決をえ、鸞聖人には孫弟たりなか經、御在世にあひたてまつりて、面受し申
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