『大日本史料』 6編 14 観応元年11月~観応2年4月 p.513

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腑に銘をしめたり、のける程に既に日映もすき哺時になりきれて、用意し儲, そしと、海路に舟を呼ぎれとも、なを陸地に馬を扣させて、笙の八音をヂ銭、, 々戀慕しあふなのに、隆存阿闍梨一首をよ見て出したれき、當座にをのを, しは汀に船をとめて、早暮の興をおし見、餘波乃袖をしほりなから、廻浦を, し、まらとして日をかきりに、衝黒に至て宮津へは落付侍にけり、, れとも、こゝを立て、今夜のとまり宮津をさしてそ〓く、ありする僧等しは, 下すらむ、若又冥衆なともや影向し給ふら圍とまて覺て、心辞も覃れす、肝, 日にあた〓あした、雪のいたく多りけるにも、おりにふれ事にぬれつゝ、人, たま二艘乃船の迎者とも、あれる地に、相待と聞は、けしも避かた發座席な, なを第六年庚寅乃孟春廿一日、十三歳にして身まかれりし光長童子初七, を詠す、この松樹乃底、〓〓の泪なれは、神に徹りきゝにめてゝ、天人もや來, 凌發、長流を超ほゝ、さのみは爭〓の面影し乃こ〓へき、是は彼津へ行程を, す、境に叶へる笛の手ゝたかく、歌の聲こゑす見、廻雪の衫を翻し、易水乃曲, 歌の六義をのへ、言を形し情を動す〓筆につくしかたり、卷にしるしかた, 光長童子, 和答, 宮津ニ至, 初七日ノ, 南朝正平六年北朝觀應二年正月十九日, 五一三

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  • 光長童子
  • 和答
  • 宮津ニ至
  • 初七日ノ

  • 南朝正平六年北朝觀應二年正月十九日

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  • 五一三

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  • 1514,665,60,2207腑に銘をしめたり、のける程に既に日映もすき哺時になりきれて、用意し儲
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