『大日本史料』 6編 15 観応2年5月~正平6年12月 p.466

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隱見し、加茂川の清き流は恰かも白布を敷くがごとく、加茂堤の翠松羅列, して、幾多の田畝草屋の散見するなどは、洵に一幅の好畫圖て厶います、園, 東面の方の處に、凡そ十餘人も座ることが出來るほどの平坦な大石を置, 藝の方にては、夢窓國師を嵯峨流の開祖とするほどですから、流石に恐入, むと、正面には比叡山を仰ぎ、麓には加茂神社の丹色の瑞籬が蒼翠の間に, いてあるばかりで、この外には一物もムいませぬ、書院に座して東方を望, 京都大徳寺大方丈の庭園は夢窓國師の作てご, ざりますが、苑中には一本も喬木を植えずして、唯だ一面の芝生にて、その, 國師塔所指東菴、古眞如之所棲也、曾尊氏公屡來臨斯寺、花時有詩歌會、到今, 是月、斯波高經、若狹明通寺ニ兵士衆庶ノ濫妨狼藉スルヲ停ム、, 〔米僊畫談, つたものです、, 〔明通寺文書〕, 尾張治部大輔殿, 屬天龍寺、, 禁制明通寺, 繪畫略、, 庭園と〇上, ○若狹, 繪畫, 大徳寺ノ, 石ノ作, 庭園ハ疎, 南朝正平六年北朝觀應二年九月是月, 四六六

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  • 繪畫略、
  • 庭園と〇上
  • ○若狹
  • 繪畫

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  • 大徳寺ノ
  • 石ノ作
  • 庭園ハ疎

  • 南朝正平六年北朝觀應二年九月是月

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  • 四六六

注記 (25)

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