『大日本史料』 6編 22 延文3年9月~延文5年正月 p.44

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かたへ修行におもひ立侍りき、, はかなさも思ひしられ侍りき、, そのあたりにかりのやとりをとつふとゝまり侍しに、あんきやの僧なと, 宗己庵主とて、空岩和尚の高弟にておはしけるか、在唐久しくし給ひて、天, あまたありし中に、ひとちの國たかをかといふ所に、やん〓〓きちしきお, といふ所に行つきて、いにしへゆかりありし人をたつねしに、昔かたりに, みし人の苔乃下なる跡とたは空行月も猶かすむなり, もくの中峰和尚なとにもまみえ給ひけるとかや、世をすつるとならは、か, わすとかたる人侍りしかは、やかてとつねまかりぬ、法雲寺といふ寺あり、, なりぬときゝしかは、はやうすみける所のさまなと見侍りて、いとゝ世の, 夫禪源寺者、小田之元祖八田四郎武者知家八男、中善寺法眼前太夫筑波, 筑波金華山禪源寺釋迦院, くこそあらまほしくおほえしかは、其山に三間の茅屋をむすひて、一夏を, さてさらみの國かまくらやまのうち, 別當家々相承。暦應之間、太守別當某、草創禪源、請師爲開山初祖、綿々而到, 過し侍ぬ, 〔法雲雜記便覧〕, 山雜記, ○中, 法雲末, 略, ○下, 略, 法, 常陸禪源, 宗久法雲, 〓, 寺ヲ訪フ, 南朝正平十三年北朝延文三年九月二十六日, 四四

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  • 山雜記
  • ○中
  • 法雲末
  • ○下

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  • 常陸禪源
  • 宗久法雲
  • 寺ヲ訪フ

  • 南朝正平十三年北朝延文三年九月二十六日

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  • 四四

注記 (30)

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