『大日本史料』 6編 34 応安4年閏3月~応安4年12月 p.190

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此外休一平家の本をなをす事其數多し、是休一心移やすきか, に、物怪の次大場早馬の前に高倉帝の御願文あり、また長谷六代の次六代きられの前, す、可有分別、, 文政六年の冬、二條大城の大番役にてのほりたるとき、覺一檢校くちつから傳へてかゝ, いたす所也、善惡をわかたす、諸人に交りつれは、よきもあしきもロ々にあまたの節を, 申せは、香龍寺勅願所にて昔はありき、今はなし、方八町の跡殘りて、香龍寺屋敷とて, せたる平家の物かたり、全部十二卷を寫したると、久一檢校のものたりといふ本と、二, あり、されと今のよに瞽者のうたふものにくらふれは、まされる事ともおほく有かうち, きくへし、しかありとても慥かならさる事を信、本説をもとく事、且は定心不成故、且, 山は誠の艮にて近し、, 田畠ありとおしへ給て、香龍寺古跡をしりき、實も舟岡より太秦は遠、香龍寺より舟岡, はくちの至り也、勿體なき事也、されはうつりやすきはあしく、頑なるもよろしから, まきを見たりしに、をしきかな模書にあらぬ故に、てにをはその外もあやまれる事とも, に、十郎藏人行家、信太先生義教最期、また平家のきんたちうしなはるゝ事ともの、く, 〔古本平家物語拔書〕, ○東京教育, 大學所藏, ○中, 略, 覺一本ノ書, 寫, 南朝建徳二年北朝應安四年六月二十九日, 一九〇

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  • ○東京教育
  • 大學所藏
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  • 覺一本ノ書

  • 南朝建徳二年北朝應安四年六月二十九日

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  • 一九〇

注記 (23)

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