『大日本史料』 6編 35 応安4年是歳~応安5年6月 p.310

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あるらむといひけるをきかせ玉ひて、, くろはせ玉ひて參りたまふ道にて、きのくによりはしめて參りける武士ともの行あひた, ト、同年六月二十五日ノ條ニ、洞院家文庫ノ印鑑ヲ北朝ニ渡スコト、康安元年二月, きはめて御鼻のたかくわたらせたまひけるを、いひあてにけりと、のちまておかしから, 辭シテ出京セントスルコト、延文四年十一月六日ノ條ニ、公賢薨ズルニ依リ、喪ニ, 天狗ともいはゝいはなむいはすとてはなひくからぬ我身ならねは, 一日ノ條ニ、再ビ南朝ニ參候スルコト、正平二十二年四月二十九日ノ條ニ、マタ北, 服スルコト、同五年四月六日ノ條ニ、公賢ノ遺領ヲ、洞院實夏ト分與セラルヽコ, トスルニ先立チ、洞院公賢ニ重要篇目ヲ示スコト、同二月二十六日ノ條ニ、南朝ヲ, 朝ニ歸參シ、家督ヲ嗣ガントスルコト、貞治六年九月十四日ノ條ニ見ユ、, せたまへりけり、, てまつりて、あなおそろし、山伏ともみえす、まして人にはあらし、天狗のたくひにて, 〔吉野拾遺〕内大臣實守公の節會の内辨をつとめさせたまはんとて、いきたゝしくつ, 〔參考〕, 南朝文中元年北朝應安五年四月十一日, 實守ノ容貌, 三一〇

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