『大日本史料』 2編 6 寛弘4年12月~8年6月 p.358

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たちなれはとて、まかなひさはく程に、, ぬ、からゑにかきたるかけはんして、ものくはせたるを、見いるゝ人もなけ, わらへは、さらはとりおろして、れひのはひふしにならはせ給へる御まへ, はその人ならすなと、いひてとりはやし、このしたわらひは、てつからつみ, はせなとするを、めつらしくてわらふ、時鳥のうたよまむとしつるまきれ, とものきたなけならぬ、そのわたりのいゑのむすめなと引もて來て、五六, ○中宮、明順ノ第ニ移御ノコト、長徳二年六月八日ノ條ニ、明順、筑紫ニ, 人してこかせ、又見も知らぬくるへくもの、ふたりしてひかせて、うたうた, れは、家のあるし、いとひなひたり、かゝるところにきぬる人は、ようせすは、, つるなといへは、いかてかさ女官なとのやうにつきなみてはあらんなと, あるし、にけぬはかりなとせめいたしてこそまいるへけれ、むけにかくて, 下向スルコト、同三年四月五日ノ條ニ、大宰府ノ奏上ニ依リテ、皇后、明, 順ヲ召問セシメ給フコト、長保二年八月二十四日ノ條ニ、明順、東宮昇, かゝることをなむみるへきとて、いねといふ物をとりいてて、わかきけす, 殿ヲ聽サルヽコト、寛弘元年三月九日ノ條ニ、明順宅ヨリ顯光第ニ投, ○下, 略, 明順ノ饗, 應, 寛弘六年二月二十日, 三五八, 寛弘六年二月二十日

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  • ○下

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  • 明順ノ饗

  • 寛弘六年二月二十日

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  • 三五八
  • 寛弘六年二月二十日

注記 (22)

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