『大日本史料』 6編 36 応安5年7月~応安6年正月 p.100

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伊豫善應寺開山塔通玄庵ニ寄進ス、, 十五日、, 〔征西將軍宮譜〕, 吉弘は前に見へたる田原入道、されは吉弘は今川か家人にはあらされとも、古兵なり, し故、大友より義範にさしそへて遣はしたる故、義範かかりの執事にして具足したる, 〔善應寺文書〕, に到来とあれは、惟むらか在所より、あまり遠くはへたゝりてはゐさりしと見へたり、, なるへし、, りしにか、また義範も其比はいつかたに有しにか、おもふに今比は豐後より筑前・筑, 後の間に打出て、父の入道と一所にありしなるへし、三月の三日に出したる状、六日, 南黨河野通直、顯等大姉ノ下地々頭職并ニ名主職ヲ、, 惟村か度々合戰の事、考へからす、何樣玉名・三池あたりにての合戰にてはなか, 令申候哉、恐々謹言、, 阿蘓大宮司殿, 十一月十三日, 十一月十三日義範花押, 南朝文中元年北朝應安五年十一月十五日, 義範花押, ○内閣文庫本, ○上, ○伊豫, 午、, 戊, 略, 應安五、十一、廿五、, 到來, 乾, 十, 南朝文中元年北朝應安五年十一月十五日, 一〇〇

割注

  • ○内閣文庫本
  • ○上
  • ○伊豫
  • 午、
  • 應安五、十一、廿五、
  • 到來

  • 南朝文中元年北朝應安五年十一月十五日

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  • 一〇〇

注記 (30)

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