『大日本史料』 7編 3 応永4年是歳~同6年6月 p.899

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滿貞、滿直二人御下向、稻村、篠川兩所に御座, テ、陸奧、出羽兩國ヲ鎭セシム、, 之御主ニ可奉成と御ゆひかい候間、鎌倉殿御臺樣、かたしけなふも、御す, ノ心地して、畏て候と申上、上杉の司忠官領職こて、兩御若君下給ふ、御宿, いたてヲ父とたのみ、しらかはヲ母とたのむへきよし被仰、恐之餘こ、夢, へへ伊達入、白川入道ヲめされ、御しやうしこしに、いまわかヲくたす事、, 安寺殿御ゆいかいこ、今若御曹司、乙若御さうしとて、御兄弟御座ヲ、兩國, うしともいふはかりなし、鎌倉殿氏滿の政道正敷、東國拾一ケ國したかひ, 申、奧州も其比亂るゝ事有之、鎌倉殿御子一人御下向有て大將に仰き、篠川, 是春、關東管領足利滿兼、弟滿直及ビ滿貞ヲ、陸奧稻村及ビ篠川ニ遣シ, 〔鎌倉大草紙〕應永六年春より、陸奧出羽兩國のかためとして、〓倉殿御弟, ちと云、留すとのをは、昔は當國こてみたちと申候、さいかまくらの時、永, 殿と申き、, 〔餘目氏舊記〕一ひてひらヲハいせい日本一たるゆへこ、日本國こてみた, 〔今川記〕鹿苑院殿天山御所乃御政道あしく、〓人うらみうとみ奉り、あや, ○上, ○上, 下略, 下略, 氏滿ノ遺, 佐セシム, 氏滿ノ時, 伊達白川, 兩氏ニ輔, 其子ヲ篠, 今若, 川ニ遣ス, トノ説, 上杉氏ヲ, 管領トス, 乙若, 誡, 應永六年是春, 八九九

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  • ○上
  • 下略

頭注

  • 氏滿ノ遺
  • 佐セシム
  • 氏滿ノ時
  • 伊達白川
  • 兩氏ニ輔
  • 其子ヲ篠
  • 今若
  • 川ニ遣ス
  • トノ説
  • 上杉氏ヲ
  • 管領トス
  • 乙若

  • 應永六年是春

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  • 八九九

注記 (34)

  • 1520,627,65,1275滿貞、滿直二人御下向、稻村、篠川兩所に御座
  • 1750,548,76,941テ、陸奧、出羽兩國ヲ鎭セシム、
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