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淺深をしらむかため、人をしてこきを探らしめ、標を大坂城の塀際に立, 不豫のとき、本多上野介正純をして、堀丹後守直寄、松倉豐後守重正、桑山, 御陣營を結搆す、六日、星田村より發向したまふ乃とき、長勝はこの村に, とゝまり守にへしと仰あり、長勝こたへたてまりりて、このとこ海はす, てに郎等をして守らしむ、ねかはくは台旗にしたろひたてまつらむと, ろ所領ハ其守り嚴しきろゆへ、敵火を放のことあたはす、こ〓によりて、, 伏見にをい〓、しは〳〵長勝か兩年の軍功を賞美せらる、二年、東照宮御, 左衞門佐一直、別所孫次郎某、ならひに長勝等五人を御前にめされ、御恩, こふ、御ゆ分しありて、長勝兵をむきゐて御摩下に備ふ、御歸陣の後、七月、, をあかし、川邊に仕寄を附て、戰を交へむとす、十二月八日の夜、天滿川の, き、長勝か領地河内國星田村の近郷敵兵に燒はらはるといたとも、長勝, 五月五日、東照宮星田村に御旗をすゝめたまふ、こゝにをい〓、長勝俄に, す、御目付服部權大夫政光、嶋彌左衞門一正、加々爪民部少輔忠澄等に告, て、御聞に達せしろは、こまを感賞したまふ、元和元年大坂の事あにのと, り、進て天滿の邊に陣し、周防守康重、内膳正長盛とおなしく、この地に夜, 元和六年三月十七日, テ秀忠ニ, 命ニ依リ, 所領星田, 家康ノ遺, ヲ守ル, 仕フ, 元和六年三月十七日, 五〇三
頭注
- テ秀忠ニ
- 命ニ依リ
- 所領星田
- 家康ノ遺
- ヲ守ル
- 仕フ
柱
- 元和六年三月十七日
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- 五〇三
注記 (24)
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