『大日本史料』 12編 11 慶長十八年三月~同年九月 p.271

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て、所々の戰に、一番鎗を合すな事四度に及ふ、人これを稱して、四度鎗作, まふ、かつて伏見城にをい之、國々の諸將、東照宮の御前に伺候をしとき, させたまひしに、鎗は長きを以て勝利をうなこと、古よりしかりと答へ, 〓しとの、台命をかうぬる、このとを、伏見の城は、樞要の地なれき、城をは, されて、懇の仰を蒙る、のち近江國蒲生郡〓うちにをいあ、加恩千石をた, めされしものなれは、いよ〳〵か乃城代たらしむ〓しと御〓あり、乗の, なれて、寺部にいたる〓からさ多旨を喩したまはり、かつ寺部城の事を, 諸士、すみやろにはを來らむ、〓の士卒をあつめす、相ともに城をまも〓, ゝち三河國吉良の邊に、放鷹をさせたまふとき、清右衞門某を御前にめ, むつねむまふにより、神谷清右衞門某所縁有て、寓居するにより、かれを, 各、鎗乃長短により、勝負あなことを論す、東照宮の仰に、長短乃善惡は、數, 城代とをしよし言上す、しかるに清右衞門は、もと御家にありた、しろし, た〓ま例りしかは、列座みなの言を信す、これよりさき、三河國にをい, 度鎗をあはをて功あなもの、これをしる〓しとて、重勝をめして、たつ〓, れ、もし事あるにをいすは、重勝、御旗馬驗をあく〓し、しからは五畿内の, 〓長十八年五月是月, 四度鎗作, 右衞門, 慶長十八年五月是月, 二七一

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  • 四度鎗作
  • 右衞門

  • 慶長十八年五月是月

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  • 二七一

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