『大日本史料』 11編 6 天正12年3月 p.532

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人打取しなり、, 朝鐵炮の音聞へてより久しき間なるに、勝負の左右なきは心許なし、深, 打へき間、此刀に取かへ、鎗を我に與へよとて、刀と鎗を取替と進む、是は, 働し給ひ、御打死も被遊たる哉、尤小牧の御留守居堅く被仰付とはいへ, とも無詮間、所詮御跡を慕ひ可參とて、餘人に構はす打立〓行、扨大閤は, たへに、其あたりに味方の衆敵を取卷、討あ手一とみゆる故、彦四郎、彼敵を, 味方の者乃鎗を持て居けるに向ひ、其鑓を借候へと所望しけれとも、あ, 見合る時に、万千代事なく組伏せけれは、助るに及はす、彦四郎申けるは、, 初討たる敵の刀なるを分取ける也)、彦四郎は直と其敵にかゝりて、又, 人數を預りたるもの自分の働は無用なり、跡の人數を集められよとて、, 彦四郎則〓落し首を取、それより猶先へかせきけるに、鎗を打折たれは、, とも、上に御大事に及ひ給ふこともありては、たとひ堅固に御留守居仕, 一小牧御留守居の衆、軍の御勝負を無心許思ひける、中にも本多中書は、今, 猶先へ進む、池田庄九郎は、勝入か討死を聞、取て返し、馬上にて馳來るを、, 味方の敗軍を聞、いそき人數を引具し、樂田を出、龍泉寺をさして被押行, 天正十二年四月九日, 元助ノ戰, 龍泉寺ニ, 秀吉敗報, ニ接シテ, 向フ, 死, 天正十二年四月九日, 五三二

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  • 元助ノ戰
  • 龍泉寺ニ
  • 秀吉敗報
  • ニ接シテ
  • 向フ

  • 天正十二年四月九日

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  • 五三二

注記 (24)

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