『大日本史料』 7編 3 応永4年是歳~同6年6月 p.902

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住せしといへり、按に笹川御所, 〔相生集, 今ニ兩所ニ御所ト唱フル館跡アリ、, 武紀に、諸將會於篠浪云々、篠此云佐々なとあるにもしるへし, ふ、後に笹川殿の居城によりて、今の名にあらたむ、, を愁なる土人かよみひかめて、古は然か唱ひたりと云出しゝなるべし、〓, 抄に、篠和名之乃、一に佐々、俗用小竹二字、謂之佐々、細々たる竹也と、また天, けれども、そは彼の書のあやまりにて、篠を猶ささと訓するものをや、和名, 〔相生集〕, は、王代一覽に、滿兼か弟滿直は奧州の管領たり、篠川殿と號すとあり、多, 本如此、里老傳には源左衞門督滿隆なりといひ、古館辨には、尊氏公の三, 東館始め笹川御處、後須田佐渡守, 王代一覽に、こゝにおはせし滿直を、篠川殿と號す抔あるによりてなるべ, に櫻雲記には、こゝの名を佐々川と書たるものをや、, 里老の傳には、往古シノ川と稱せしといへり、義鳴おもふに、是は, サヽガハと訓す、同七里餘、官道の驛次也、沿革名義古號は名倉とい, さる, 笹川, 笹川, 類笹川, 便覽の笹川御處居城あ, いふ、合せ, りし年代は、古跡の條に, 見るへし、, 二階堂, 古蹟類, の臣, 此外は, 略す、, 村邑類, 七, 、二, 足利滿隆, ヲ篠川御, 所トイフ, 應永六年是春, 九〇二

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  • 便覽の笹川御處居城あ
  • いふ、合せ
  • りし年代は、古跡の條に
  • 見るへし、
  • 二階堂
  • 古蹟類
  • の臣
  • 此外は
  • 略す、
  • 村邑類
  • 、二

頭注

  • 足利滿隆
  • ヲ篠川御
  • 所トイフ

  • 應永六年是春

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  • 九〇二

注記 (37)

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