『大日本史料』 7編 4 応永6年7月~同8年4月 p.48

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

るにつけても、この御塔こそ經文にもかなひて、さるはたかさも法勝寺の, 時、法勝寺の塔をたてられしに、大塔の七重に過たる事は例なきよしさた, しかは、建保元年にくやう有しか、, 申ても、たゝ此御塔のいかめしさ、筆にもことの葉にもつくしかたし、大か, 塔にはまさりたりとそうけ給はる、是は龍花の曉まても有ぬへき御塔と, た塔婆は七重か本にて侍るとかや、そのゆへは、法花經にも起七寶塔、懸諸, 幡蓋とあれは、七重をかきるへしと見えたり、先にも申候つる、白川院の御, 所なく懃修し給へは、よろつなにの魔障かは有へきとおほえたり、いく度, し有よし、良眞座主勘申されしかは、さらはとて又二重をくみあけられて、, め有て、七重にてすてに供養有へきにさたまりたりしを、唐土にさるため, に過たる故にや、佛慮にそむきけるやらん、承元二年に雷火にやけたりし, 遂に九重の塔供養とかや、これは上なき御塔にて侍りしかとも、あまり分, 建仁寺の開山葉上僧正、功國を給はりてつくり立られ, は見えたれ、扨も今年寶篋院殿三十三年にあたらせ給ふほとに、此供養も, 今はそのかたもなきそふしきなる、かやうのことゝもをおもひあはせ侍, 又康永元年にやけて、, を、, 十五日ノ條參看, 十五日ノ條參看、, ・○建保元年四月一二, ○承元二年五月, 説ニ合フ, 法勝寺ノ, 塔ヨリ高, 塔ハ七重, ニシテ經, 義詮ノ三, 十三囘忌, ノタメニ, 應永六年九月十五日, 四八

割注

  • 十五日ノ條參看
  • 十五日ノ條參看、
  • ・○建保元年四月一二
  • ○承元二年五月

頭注

  • 説ニ合フ
  • 法勝寺ノ
  • 塔ヨリ高
  • 塔ハ七重
  • ニシテ經
  • 義詮ノ三
  • 十三囘忌
  • ノタメニ

  • 應永六年九月十五日

ノンブル

  • 四八

注記 (31)

  • 466,679,61,2192るにつけても、この御塔こそ經文にもかなひて、さるはたかさも法勝寺の
  • 1389,680,63,2194時、法勝寺の塔をたてられしに、大塔の七重に過たる事は例なきよしさた
  • 696,679,63,996しかは、建保元年にくやう有しか、
  • 1735,680,63,2199申ても、たゝ此御塔のいかめしさ、筆にもことの葉にもつくしかたし、大か
  • 351,674,62,2195塔にはまさりたりとそうけ給はる、是は龍花の曉まても有ぬへき御塔と
  • 1617,682,65,2199た塔婆は七重か本にて侍るとかや、そのゆへは、法花經にも起七寶塔、懸諸
  • 1505,675,64,2206幡蓋とあれは、七重をかきるへしと見えたり、先にも申候つる、白川院の御
  • 1849,676,62,2205所なく懃修し給へは、よろつなにの魔障かは有へきとおほえたり、いく度
  • 1159,684,64,2211し有よし、良眞座主勘申されしかは、さらはとて又二重をくみあけられて、
  • 1274,681,63,2194め有て、七重にてすてに供養有へきにさたまりたりしを、唐土にさるため
  • 929,686,59,2189に過たる故にや、佛慮にそむきけるやらん、承元二年に雷火にやけたりし
  • 1043,676,65,2204遂に九重の塔供養とかや、これは上なき御塔にて侍りしかとも、あまり分
  • 812,1233,62,1640建仁寺の開山葉上僧正、功國を給はりてつくり立られ
  • 236,685,63,2183は見えたれ、扨も今年寶篋院殿三十三年にあたらせ給ふほとに、此供養も
  • 583,674,59,2201今はそのかたもなきそふしきなる、かやうのことゝもをおもひあはせ侍
  • 703,2252,57,644又康永元年にやけて、
  • 817,680,58,66を、
  • 797,750,41,473十五日ノ條參看
  • 686,1682,42,481十五日ノ條參看、
  • 728,1668,44,549・○建保元年四月一二
  • 838,749,46,472○承元二年五月
  • 465,320,40,162説ニ合フ
  • 415,321,41,161法勝寺ノ
  • 370,321,41,168塔ヨリ高
  • 554,319,41,170塔ハ七重
  • 510,328,39,162ニシテ經
  • 280,321,43,165義詮ノ三
  • 236,320,42,171十三囘忌
  • 197,330,35,151ノタメニ
  • 1961,761,45,385應永六年九月十五日
  • 1970,2496,42,79四八

類似アイテム